監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
- 労働審判
労働者から労働審判を起こされた場合、使用者(会社)は指定された期日までに「答弁書」を提出し、認否や予想される争点について反論・立証を準備しなければなりません。
原則3回以内の期日で終了する労働審判では、第1回期日で形成される審判委員会の心証が勝敗や調停条件を大きく左右します。そのため、企業側としては「相手の主張のどこが法的な対立点(争点)となり、審判員が何を重視するか」を早期に見極め、準備を行うことが不可欠です。
本記事では、各場面毎の想定される争点について解説します。
答弁書に記載が必要な「予想される争点」とは?
答弁書に記載する「予想される争点」とは、審判委員会が法的判断を下すうえで重視する事実上・法律上の主要な対立点を指します。
例えば、不当に懲戒解雇されたとして労働者側が労働契約上の地位確認の申立てをしている場合においては、「就業規則上の懲戒解雇事由に該当するか」「懲戒解雇が権利濫用にあたること評価づける(あるいはその評価を障害する)事実の有無」などが争点となります。
答弁書でこの争点を正確に把握し、適切に反論の主張を展開するとともに、その主張を裏付ける証拠を準備する必要があります。
労働審判で扱うことのできる労使トラブル
労働審判手続の対象となるのは、個別労働関係紛争、すなわち働く個人と使用者(会社)との間に生じた権利義務の争いです(労働審判法1条)。
具体的には、解雇や雇止めの効力、未払い賃金・残業代の請求、配置転換や出向の有効性、ハラスメントに基づく損害賠償請求などが対象となります。
予想される争点ごとの証拠の必要性
労働審判においては、主張された事実全てが審判の際の判断の基礎となるわけではありません。
争いのない事実については、証拠がなくても事実認定されます。他方で、争点となっている事実についての証拠に基づかない主張は基本的に事実認定されず、当該事実は「存在しない」ものと見なされます。
争点についての当事者の主張する事実を認定するかどうかにつき、労働審判委員会は、その主張を裏付ける客観的な証拠を重視するため、争点に関する事実について、有利に事実認定してもらうためには裏付けの証拠が必要となります。
労働審判の主な紛争例と想定される争点
企業が巻き込まれやすい典型的な紛争例と想定される争点は下記の通りです。
雇用に関する紛争例
雇用に関する紛争の典型例は、使用者と労働者との間の雇用契約の終了に関するものになります。
具体的には、有期雇用の労働者の雇止めの問題、解雇の有効性の問題などです。
雇止めの紛争で想定される争点
契約社員やパートタイマーなどの有期雇用労働者が、契約期間満了による雇止めに不服を申し立てるケースです。この場合、労働契約法19条(雇止め法理)の要件を満たすか否かが問題となります。
具体的には、労働者が労働契約更新の期待をもつことが合理的であることを評価づける(あるいは当該評価を障害する)事実の有無、労働者からの労働契約更新の申込みに対する使用者の申し込み拒絶に客観的合理性・社会的相当性があることを評価づける(あるいは当該評価を障害する)事実の有無などが争点となります。
より詳細には、契約更新の回数や契約更新手続きの状況、会社の更新に対する言動、業務内容の恒常性、労働者の勤務態度や勤務成績などが争点となります。
不当解雇の紛争で想定される争点
解雇についても、雇止めと同じように、解雇が有効かどうかという点が主な争点として想定されます。
解雇の有効性については、①客観的合理性、➁社会的相当性があるかどうかが争点となります。
解雇が普通解雇、整理解雇、懲戒解雇のいずれであるかによって、検討するべき内容は変わりますが、例えば、懲戒解雇の場合、上記➀については、就業規則等に懲戒の定めがあるか、その就業規則が労働者に周知されていたかどうか、労働者の行動が懲戒事由に該当するかどうか、➁については、労働者の行為態様の悪質さ、当該行為の結果、企業秩序へどのような影響を与えたか、情状の有無、適正な手続き履践の有無等(懲戒事由を告知して、弁明の機会を与えかどうか等)が争点となります。
賃金に関する紛争例
賃金に関する紛争としては、賃金の未払い、残業代の時間外手当の未払い、手待ち時間や勤務開始前又は終了後の、ある特定の作業時間が実質的にみて、労働時間に該当するかどうか(それらが労働時間に該当する場合、その分の未払い賃金の問題が生じます。)などがあげられます。
残業代の紛争で想定される争点
残業代について想定される争点としては、残業自体があったかどうか、残業があったとして残業時間がどれくらいかといった点が挙げられます。具体的には、労働者が過ごした特定の時間が労基法上の「労働時間」に該当するか、すなわち、その間、使用者の指揮命令下にあったといえるかが争点となります。
その他、その労働者が管理監督者であったかどうか(この場合、労基法41条2項より、割増賃金が支給されません。)、固定残業代制度を取っていた場合における、固定残業代制度の有効要件(判別可能性と対価性)を満たしているかどうか等が実務ではよく争点となります。
退職金の紛争で想定される争点
退職金は、賃金とは異なって、法律上当然に支給されるものではなく、就業規則等などに規定されることで労働者への支払義務が生じるものです。
つまり、退職金の内容等については、雇用契約書や就業規則、退職金規定等で定められることになるわけですが、それらに記載された支給要件又は不支給要件への該当の有無や、支給額の算定根拠などが争点となります。
不利益変更に関する紛争例
労働条件の不利益変更とは、現在適用されている労働条件を、従業員にとって不利な方向に変更することです。不利益変更に関する紛争例としては、基本給や手当の減額、正社員からパート社員に変更する等、雇用形態を不利に変更すること、休みが不規則な部署へ異動させるなどが挙げられます。
想定される争点
使用者は、原則として、労働者との合意がない限り、労働条件の不利益変更を行うことができません(労働契約法8条)。もっとも、一定の条件を満たした場合には、労働者と個別に合意することなく、就業規則の変更による労働条件の不利益変更をすることができます(労働契約法9条但書、同法10条)。
上記の一定の条件とは、変更後の就業規則を労働者に周知させたかどうか、就業規則の変更に合理性があるかどうかであり、これらが争点となります。
また、見かけ上、使用者と労働者の合意があったかに見える場面でも、労働者の当該意思表示が自由な意思に基づくものであったかどうかが争点となることも少なくありません。
パワハラやセクハラ問題における労働審判とその争点
労働審判手続きは、労働者個人と使用者(会社)の間の紛争を対象とするもので、使用者から労働者に対するハラスメントの他、労働者間においてハラスメントが発生した際、会社が事前にハラスメントを防止する体制を講じていなかった場合や、適切な対応をしなかった結果、被害者に損害が生じた場合には、当該被害者は会社に対しても職場環境配慮義務違反(安全配慮義務違反)(労働契約法5条、民法415条)を理由にパワハラやセクハラ等のハラスメントにつき生じた損害について、損害賠償請求をすることができます。これに対して、会社としては迅速かつ適切に対応することが必要です。
特に後者については、労働者の心身の安全が害される可能性を会社が予見できたかどうか(予見可能性)、予見できた労働者の危険を、会社が適切な行動をとれば回避できたかどうか(結果回避可能性)が争点となります。
マタハラ問題で想定される争点
男女雇用機会均等法9条3項は、使用者が、労働者に対して、妊娠・出産を理由として、解雇その他不利益な取り扱いをすることを禁止しています。そのため、労働審判におけるマタハラ問題においては、妊娠・出産を理由として、解雇その他不利益な取り扱いをしたかどうかが争点になりやすいと言えます。
このような場合、不利益な取り扱いがあったかどうか、不利益取り扱いの理由が妊娠・出産にあるのかどうかといった点が争点になってきます。
加害者個人に対する損害賠償請求
労働審判手続は労働者と使用者(会社)の間の個別労働紛争を対象とする制度です。
そのため、ハラスメントを行った加害者個人(上司や同僚)を相手方として直接損害賠償を請求する場合は、労働審判ではなく、民事訴訟等で対応する必要があります。
ただし、実務上は、上記のように、安全配慮義務違反(労働契約法5条、民法415条)や使用者責任(民法715条)というかたちで、会社を相手方として、労働審判が申し立てられ、その手続内において、加害者個人も会社からヒアリング等を受けるでしょうから、間接的に関与していくことになります。
労働審判で扱うことができない労使トラブルとは?
上述のように、労働審判は、労使間の紛争を解決する目的があることから、労働組合が絡む紛争や労働者間の紛争を扱うことはできません。
また、3回の期日で迅速に審理を終えるという手続きの性質上、争点や証拠が膨大で複雑な事件、当事者が多数に及ぶ事件などは労働審判にはなじまず、民事訴訟等による解決の方が適切な場合があります。
労働審判についてお困りの際は、企業労務の専門家である弁護士にご相談ください。
労働者から労働審判の申立がなされた場合、原則として40日以内に第1回期日が設けられ、当該期日のおよそ一週間前後までに答弁書を提出するように裁判所から指示があります。
そのため、それまでに社内調査、客観的証拠の収集、ならびに法的に的を射た答弁書の作成を完了させる必要があり、困難を伴います。
見切り発車で不十分な答弁書を提出してしまったり、争点を見誤った主張を展開したりすると、第1回期日で不利な心証をとられ、取り返しのつかない事態に陥りかねません。
労働審判を起こされた、あるいは労働者との対立から労働審判へ発展する兆候がある場合は、自社だけで抱え込まず、企業側の労働問題を多数手がける弁護士へご相談いただくことを推奨いたします。

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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)
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