監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
- 労働審判
ある日、会社に裁判所から封筒が届く。開けてみると「労働審判手続申立書」と「第1回期日呼出状及び答弁書催告状」──退職した元従業員が、解雇の無効や未払い賃金を主張している。
実務では、決して珍しい光景ではありません。
多くの経営者の方が、まず「訴えられたのか」「何から手をつければよいのか」と戸惑われます。
労働審判は、私たちがイメージする裁判(通常訴訟)とはかなり性格の異なる手続です。
原則として3回以内の期日で終わり、統計上の平均審理期間は約2.7か月。
準備に使える時間は、思っているよりずっと短いのが実情です。
この記事では、労働審判制度が生まれた背景と概要、通常訴訟との違い、対象となるトラブルと対象外のケース、初動対応のポイント、手続の流れと期間、費用や解決金の目安、そして具体的なイメージがつかめる事例までを、順を追って解説します。
労働審判制度が生まれた背景
かつて、労働をめぐる争いといえば、労働組合と会社が対立する「集団的な紛争」が中心でした。
ところが、雇用形態の多様化や人事労務管理の個別化が進むにつれ、労働者一人ひとりと会社との間で起こる「個別労働紛争」が目立つようになります。
厚生労働省の集計によると、令和6年度に全国の総合労働相談コーナーへ寄せられた相談は約120万件、そのうち民事上の個別労働紛争に関する相談は約26万8000件にのぼります。
解雇や退職、いじめ・嫌がらせといった相談が、日常的に持ち込まれている状況です。
一方で、通常の訴訟は解決まで時間も費用もかかります。
そこで司法制度改革の一環として、労働紛争にふさわしい迅速な手続をつくろうという議論が進み、平成16年(2004年)に労働審判法が成立、平成18年(2006年)4月から労働審判制度の運用が始まりました。
制度の目的は、法律の第1条に書かれています。
【労働審判法第1条(目的)】 この法律は、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(以下「個別労働関係民事紛争」という。)に関し、裁判所において、裁判官及び労働関係に関する専門的な知識経験を有する者で組織する委員会が、当事者の申立てにより、事件を審理し、調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み、その解決に至らない場合には、労働審判……を行う手続……を設けることにより、紛争の実情に即した迅速、適正かつ実効的な解決を図ることを目的とする。
「迅速」「実情に即した」という言葉が、この制度の性格をよく表しています。
労働審判制度の概要について
労働審判は、相手方の住所等の所在地を管轄する地方裁判所(本庁のほか、東京地裁立川支部・静岡地裁浜松支部・長野地裁松本支部・広島地裁福山支部・福岡地裁小倉支部)で行われる手続です。
特徴を整理すると、次のようになります。
- 労働審判官(裁判官)1名と労働審判員2名の計3名で構成される「労働審判委員会」が担当する(労働審判法7条)
- 労働審判員は、労使双方の実務経験者から任命され、中立かつ公正な立場で審理・判断に加わる(同法9条)
- 手続は公開されない(同法16条)。傍聴人や報道の目を気にせず話し合える
- 原則として3回以内の期日で審理を終える(同法15条2項)
- まず「調停」(話合い)による解決を試み、まとまらなければ「労働審判」という判断が示される(同法20条1項)
裁判官だけでなく、企業の人事労務の現場を知る委員が加わる点は、通常訴訟にはない大きな特徴です。
労働審判の法的強制力とは?
「話合いの手続」と聞くと、拘束力が弱いように感じるかもしれません。
しかし、労働審判の結論には、判決に近い強い効力があります。
- 調停が成立して調書に記載されると、裁判上の和解と同じ効力が生じます(労働審判法29条2項が準用する民事調停法16条)
- 労働審判が出され、2週間以内に異議の申立てがなければ、その労働審判も裁判上の和解と同じ効力を持ちます(同法21条4項)
裁判上の和解と同じ効力ということは、内容によっては強制執行の対象になるということです。「支払わずに放置する」という選択肢は事実上ありません。
さらに、呼出しを受けた関係者が正当な理由なく出頭しない場合には、5万円以下の過料の制裁が定められています(同法31条)。申立書が届いたのに無視する、という対応は避けなければなりません。
迅速かつ柔軟な紛争解決が期待できる
裁判所の公表資料によれば、平成18年から令和6年までに終了した労働審判事件の平均審理期間は82.6日、65.5%の事件が申立てから3か月以内に終わっています。
労働関係の民事訴訟が第一審だけで1年半前後かかることと比べると、その速さは際立っています。
柔軟さも重要な特徴です。労働審判では、権利関係の確認だけでなく、金銭の支払いその他「紛争の解決をするために相当と認める事項」を定めることができます(労働審判法20条2項)。
たとえば「解雇の有効性という白黒はつけないまま、合意退職として一定額を支払う」といった、判決ではつくりにくい着地点を選べます。
実際、労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査では、雇用終了をめぐる労働審判事案の96.6%が、雇用を存続させずに金銭で解決していました。多くのケースで「復職か否か」ではなく「いくらで区切りをつけるか」が焦点になっている、ということです。
「通常訴訟」とはどのような違いがあるのか?
両者の違いを整理すると、次のとおりです。
| 比較する点 | 労働審判 | 通常訴訟(労働関係) |
|---|---|---|
| 判断する人 | 裁判官1名+労使の実務経験者2名 | 裁判官 |
| 期日の回数 | 原則3回以内 | 回数の制限なし |
| 期間の目安 | 平均約82.6日(約2.7か月) | 第一審で1年半前後 |
| 公開・非公開 | 非公開 | 原則として公開 |
| 話合いの位置づけ | 手続の中に組み込まれている | 和解は随時行われる |
| 代理人 | 原則として弁護士のみ | 原則として弁護士 |
| 終わり方 | 調停成立/労働審判/終了・取下げ | 判決/和解/取下げ |
会社にとって特に見逃せないのが「非公開」と「短期間」です。紛争が長期化すれば、担当者の時間も、社内の空気も削られていきます。労働審判は、その負担を小さくできる可能性のある手続だといえます。
もっとも、裏返せば「反論の機会が限られる」ということでもあります。
この点は後ほど詳しく触れます。
どのようなトラブルが労働審判の対象となるのか?
対象になるのは、個々の労働者と会社との間の民事上のトラブル(個別労働関係民事紛争)です。
具体的には、次のようなものが挙げられます。
- 解雇や雇止めの有効性を争うもの(地位確認・解雇後の賃金請求)
- 未払いの残業代・賃金・退職金の請求
- 退職勧奨や退職強要をめぐるトラブル
- 配置転換・出向・降格などの人事命令の有効性
- ハラスメントを理由とする、会社に対する損害賠償請求
- 労働条件の不利益変更をめぐる争い
労働審判の対象とならないケース
一方で、次のようなものは労働審判にはなじまない、あるいは対象外とされています。
- 労働組合と会社との間の集団的な紛争(団体交渉の拒否など)。これらは労働委員会の不当労働行為救済制度などで扱われます
- 従業員同士のトラブルで、加害者個人だけを相手にするもの(会社を相手にする場合は対象になり得ます)
- 公務員の勤務関係をめぐる争いは、原則として対象外と解されています
- 労災保険の不支給決定など、行政庁の処分を争うもの
また、法律上は対象であっても、事実関係が複雑で証人尋問を重ねる必要があるなど、3回以内の期日では適正な解決が難しいと判断された場合には、労働審判委員会が事件を終了させることができます(労働審判法24条1項)。この場合、事件は訴訟へ移ります(労働審判法24条2項が準用する同法22条)。
労働審判を有利に進めるにはどうすべきか?
結論からいえば、「最初の1回に、出せるものをすべて出す」ことに尽きます。
労働審判は、後から挽回することが構造的に難しい手続だからです。
初動対応が重要となる
第1回の期日は、特別の事情がある場合を除き、申立てから40日以内の日に指定されます(労働審判規則13条)。
会社(相手方)は、それより前に定められた期限までに答弁書と証拠を提出しなければなりません。
実務上は、第1回期日の1〜2週間ほど前に設定されることが多く、申立書が届いてから準備できる期間は1か月程度しかない、というのが実感です。
しかも第1回期日では、双方の言い分を聴いたうえで争点が整理され、労働審判委員会がおおよその見立て(心証)を固めます。「次回きちんと反論しよう」では手遅れになりかねません。
申立書を受け取ったら、次のことを速やかに進めてください。
- 答弁書の提出期限と第1回期日を最優先でカレンダーに入れる
- 就業規則、雇用契約書、賃金台帳、タイムカードなどの勤怠記録、人事評価・指導の記録、関係するメールやチャットを集める
- 当時の状況を知る上司・同僚から、記憶が新しいうちに事情を聴き取る
- 期日に出席する人(事情を説明できる担当者や代表者)を決めておく
- 解決金を支払う余地があるのか、あるとしてどこまでか、社内の方針をあらかじめ固めておく
最後の一点は、意外に軽視されがちです。調停の話が出てから社内決裁に走ると、その場で判断できず、まとまるはずの解決を逃してしまうことがあります。
弁護士に依頼することのメリット
まず、制度上の前提として、労働審判では原則として弁護士でなければ代理人になることができません(労働審判法4条1項。裁判所が許可した場合を除きます)。
社会保険労務士や総務担当者に手続そのものを代理してもらう、ということは基本的にできません。
そのうえで、弁護士に依頼する実務的な意味は次のような点にあります。
- 限られた時間の中で、答弁書と証拠を組み立てる作業を任せられる
- 同種事案の裁判例や解決水準を踏まえ、見通しを立てやすくなる
- 提示された調停案を受け入れるべきか、労働審判や訴訟に進むべきかを検討する材料が得られる
- 異議申立てにより訴訟へ移行した場合を見据えて、主張の一貫性を保てる
申し立てがあった場合の手続きの流れ
会社に申立書が届いてからの流れは、おおむね次のとおりです。
- 申立て
労働者側が、申立書と証拠を地方裁判所に提出します。 - 期日指定・呼出し
労働審判官が第1回期日(申立てから40日以内)を指定し、会社には申立書の写しとともに呼出状・答弁書催告状が届きます。 - 答弁書等の提出
会社は、定められた期限までに答弁書と証拠を提出します。 - 第1回期日
争点と証拠を整理し、当事者や関係者から直接事情を聴きます。ここで調停(話合い)が打診されることも多くあります。 - 第2回・第3回期日
調停の条件を詰めていきます。多くの事件は、この段階までに解決しています。 - 終了
調停成立、労働審判、事件終了(労働審判法24条1項)、取下げのいずれかで手続は終わります。
なお、民事裁判手続のデジタル化が進められていますが、労働審判は令和8年5月に始まった民事訴訟のオンライン申立ての対象には含まれておらず、令和10年6月までに対象となる予定とされています。
期日にウェブ会議を利用できるかどうかは、事件を担当する裁判所に確認してください。
解決までにかかる期間はどれくらい?
裁判所の公表資料では、平均審理期間は82.6日、65.5%の事件が申立てから3か月以内に終了しています。実務感覚としても、「申立書が届いてから、3か月ほどで一区切りがつく」と考えておけば大きくは外れません。
ただし、労働審判委員会が事件を終了させた場合や、労働審判に異議が申し立てられた場合には訴訟へ移行し、そこからさらに時間がかかります。「必ず3か月で終わる」わけではない点には注意が必要です。
審判に不服があれば異議申し立てが可能
労働審判の内容に納得できない場合、当事者は異議を申し立てることができます。
会社側からの異議も、もちろん可能です。
【労働審判法第21条(異議の申立て等)】
1 当事者は、労働審判に対し、……審判書の送達又は……労働審判の告知を受けた日から二週間の不変期間内に、裁判所に異議の申立てをすることができる。
3 適法な異議の申立てがあったときは、労働審判は、その効力を失う。
4 適法な異議の申立てがないときは、労働審判は、裁判上の和解と同一の効力を有する。
「二週間の不変期間」とは、原則として延長が認められない期間という意味です。
異議が出されると労働審判は効力を失い、労働審判を申し立てた時に訴えの提起があったものとみなされて、そのまま訴訟に移ります(同法22条1項)。
ここは判断の分かれ目です。異議を申し立てれば審理はやり直しになりますが、手続は公開の法廷に移り、解決までの時間も費用も増えます。「納得できないから」という感情だけで決めず、訴訟での見通しと負担を比べたうえで判断することをおすすめします。
労働審判に必要な費用について
裁判所に納める費用は、次の2つです。
- 申立手数料
請求する金額に応じて決まります。金額は、裁判所が公表している「手数料額早見表」の『民事調停の申立て、労働審判手続の申立て』の欄で確認できます - 郵便料
裁判所ごとに異なるため、申立先の裁判所のページで確認が必要です
これらを負担するのは申し立てた側なので、申立てを受けた会社が裁判所に手数料を納めることは基本的にありません。なお、異議申立てなどで訴訟へ移行した場合には、訴えを提起する場合の手数料との差額を追加で納めることになります。
会社にとって実質的な負担となるのは、弁護士費用と解決金です。
労働審判の解決金の相場はどのくらい?
公的な「相場表」があるわけではありませんが、参考になる調査があります。
労働政策研究・研修機構(JILPT)が、ある地方裁判所で令和2年〜3年に終了した雇用終了(地位確認)事案759件を調べたところ、解決金額は次のような分布でした。
- 平均値 約285万円/中央値 150万円
- 下位25%は80万円以下、上位25%は300万円以上
- 同じ調査で、訴訟上の和解の解決金は平均約613万円・中央値300万円
同じ機関が平成26年に行った調査では、労働審判の解決金の中央値は110万円でしたので、水準は上がってきているといえます。訴訟に比べると、労働審判の方が低めに収まる傾向も読み取れます。
ただし、この調査でも10万円未満から5000万円以上まで幅がありました。賃金月額、勤続年数、解雇理由の説得力、証拠の有無によって金額は大きく動きます。
「中央値150万円」はあくまで出発点の目安であって、自社の事案に当てはまる保証はありません。
弁護士に依頼する場合の費用
弁護士費用は、かつて日本弁護士連合会の報酬基準がありましたが、平成16年に廃止され、現在は各事務所が自由に定めています。そのため、金額や算定方法は依頼先によって異なります。
一般的には、着手金と報酬金を組み合わせる方式や、作業時間に応じたタイムチャージ方式などが用いられます。ご相談の際は、次の点を確認しておくと安心です。
- 着手金・報酬金の算定方法(定額か、経済的利益に応じるか)
- 期日への出頭が増えた場合の取扱い
- 異議申立てにより訴訟へ移行した場合の追加費用の有無
- 日当・実費の範囲
いずれも、委任契約書と見積書で書面にしてもらうことが基本です。
労働審判制度に関する様々なご質問に、法律のプロである弁護士がお答えいたします。
労働審判は、短期間で決着がつく点で企業にとって利点のある手続ですが、その分、初動の遅れが取り返しにくい手続でもあります。
申立書を受け取ってから第1回期日まで、実質的に1か月ほど。
この間にどれだけ主張と証拠を整えられるかが、その後の展開を大きく左右します。
また、「今回はどう対応するか」だけでなく、「同じことを繰り返さないために何を直すか」も、あわせて考えたい論点です。就業規則の見直し、労働時間管理の方法、指導記録の残し方といった日常の仕組みは、次のトラブルを防ぐ最も確実な備えになります。
当事務所では、労働問題に取り組む弁護士が、申立書を受け取った直後の対応から、答弁書の作成、期日への出席、調停の判断、その後の労務管理体制の整備まで、一貫してサポートしています。
事案の内容によって取り得る対応は異なりますので、まずは状況をお聞かせください。
「これは労働審判の対象になるのか」「どのくらいの解決水準になりそうか」といったご相談の段階からお受けしています。
お困りの際は、どうぞお早めにご相談ください。

-
保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)
来所・オンライン法律相談 初回1時間無料
企業側人事労務に関するご相談
- ※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円)
- ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。
- ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。
- ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。
- ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込み11,000円)