監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
- 労働審判
労使間で生じたトラブルを裁判外で解決する制度として、「労働審判」と「あっせん」が挙げられます。
いずれも話し合いを軸に据えた手続である点では共通しますが、担当する機関、手続の進め方、最終的な結論の出し方などにいくつかの相違点があります。
社員側から申立てを受けた際に会社として適切な対応をとるためには、両制度の仕組みと違いを正しく理解しておくことが欠かせません。
本コラムでは、労働審判とあっせんの違いを整理したうえで、あっせんを申し立てられた場合に企業側がとるべき対応について解説します。
「労働審判」と「あっせん」の違いとは?
両制度の最も大きな相違点は、話し合いがまとまらなかったときに、第三者による最終的な判断が示されるか否かにあります。
労働審判では、当事者間で合意に至らなくても、最終的に裁判所が「審判」という形で一定の結論を下します。
これに対してあっせんは、あくまで当事者の合意による解決を目指す手続であるため、折り合いがつかなければ、結論が示されないまま終了します。
この差は、紛争を確実に解決できるかどうかに直結する、実務上重要なポイントといえます。
労働審判の特徴
労働審判は、裁判官である労働審判官1名と、労使双方の立場から選ばれた労働審判員2名で構成される労働審判委員会が担当します。
原則として3回以内の期日で審理が行われ、その過程で話し合いによる調停が試みられます。
合意が成立しない場合には、委員会が事案の実情に応じた審判を下します。
当事者が審判に不服であれば異議を申し立てることができ、その場合は通常の訴訟へと移行します。
また、当事者には出頭義務があり、正当な理由なく期日を欠席すると、過料が科されることもあります(労働審判法31条)。
あっせんの特徴
あっせんは、労働問題に精通したあっせん委員が当事者の間に立ち、話し合いによる歩み寄りを促す制度です。
原則として1回の期日で解決を図るため、対立の程度が小さい事案では迅速な決着が期待できます。
もっとも、あっせんはあくまで任意の話し合いにとどまるため、当事者が合意に至らなければ、審判のような判断が示されることなく打ち切られます。
手続への参加自体も強制されておらず、相手方が応じなければ話し合いの場すら設けられないという点も、労働審判との大きな違いです。
あっせんで取り扱われる労働問題
あっせんの対象となる労働問題について、特段の制限は設けられていません。
具体例としては、解雇・退職勧奨・雇止めといった労働契約の終了をめぐる紛争、未払い賃金や未払い残業代の請求に関する紛争、セクハラ・パワハラなどのハラスメントに関する紛争などが挙げられます。
とりわけハラスメント事案のように客観的な立証が難しい類型であっても、話し合いを重視するあっせんであれば取り上げやすいという側面があります。
あっせんを実施する機関
あっせんを行う主な機関としては、都道府県労働委員会によるあっせんと、各都道府県労働局に置かれた紛争調整委員会によるあっせんの2つがあります。
いずれも中立の立場から労使間の話し合いを仲介する役割を担います。
なお、後述する時効に関する特例(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律16条)は、労働局の紛争調整委員会が行うあっせんについて定められたものである点に留意が必要です。
あっせんで労働問題を解決する流れ
まず、労働者側があっせんの申請を行います。
これを受けて、あっせんの実施機関から使用者側へ開始通知が送付され、手続に参加する意思があるかどうかの確認がなされます。
使用者側が参加する旨を回答すると、あっせんが実施されます。
期日では、労使双方からの事情聴取が行われたうえで、あっせん委員が解決に向けた調整を進め、必要に応じてあっせん案が提示されます。
最終的に労使が合意すればあっせんは成立となり、合意に至らなければ不成立として終了します。
あっせんによる解決を目指すメリット・デメリット
あっせんを紛争解決の手段として選択することには、費用面や迅速性といった利点がある一方で、解決力の弱さといった難点も伴います。
会社側としては、これらを踏まえたうえで、あっせんによる解決を目指すかどうかを判断する必要があります。
以下では、あっせんのメリットとデメリットを、それぞれ整理していきます。
メリット
あっせんの利点として、まず費用負担の小ささが挙げられます。労働局の紛争調整委員会によるあっせんは原則として無料で利用できるため、金銭的な負担を気にせず手続を進められます。
また、原則1回の話し合いで解決を図る仕組みであることから、労働審判や訴訟に比べて短期間での決着が見込めます。
さらに、客観的な証拠が重視される訴訟等とは異なり、話し合いを中心とする手続であるため、ハラスメントのように立証が難しい紛争でも活用しやすい点も利点といえます。
加えて、非公開で行われるため、紛争の内容が外部へ漏れるリスクを抑えられる点も見逃せません。
デメリット
一方で、あっせんは当事者の任意の話し合いに委ねられる手続であるため、合意が得られなければ結論が示されないまま終了してしまう点が難点です。
参加自体も強制されないことから、申請がなされても相手方が応じなければ、話し合いの機会すら持てない場合があります。
また、あっせん委員が当事者の行為の違法性や、労使いずれの主張が正当かといった点について判断を下すことはありません。
さらに、あっせんで合意しても、その内容は債務名義とはならないため、相手方が合意に反したとしても、直ちに強制執行によって履行を求めることはできません。
あっせんを申し立てられたときの企業側の対応
社員側からあっせんの申請を受けた場合、企業としては、そもそも手続に参加するかどうかという入口の判断から、慎重に検討していく必要があります。
安易に無視したり、逆に十分な検討をしないまま応じたりすると、かえって不利な結果を招きかねません。
以下では、参加は強制されるのか、また提示されたあっせん案を拒否できるのかといった点について、企業側の視点から解説します。
あっせんへの参加は強制か?
あっせんに参加するかどうかは、企業側の自由に委ねられています。
裁判のように出頭が義務づけられているわけではなく、欠席したこと自体によってペナルティが科されることはありません。参加しない場合には、その時点で手続は終了します。
この点、通常の民事訴訟では、期日に出頭せず相手方の主張を争わなければ、その事実を認めたものとみなされる擬制自白(民事訴訟法159条1項)が働くため、欠席が直ちに不利益に結びつきます。
あっせんはこれと大きく異なります。
もっとも、あっせんが終了しても、労働者側が労働審判や訴訟へ移行してくる可能性は残るため、参加の可否は慎重に見極めるべきです。
あっせんへ参加すべきかどうかの判断基準
参加の可否を判断するうえでは、自社の対応に法的な問題がないか、また労働者側の要求に正当性があるかを見極めることが重要です。
会社側に違法性があり、社員の主張に理由があると考えられる事案では、あっせんに参加して早期に解決を図る方が得策といえます。
こうしたケースであっせんを拒否しても、結局は労働審判や訴訟へ発展し、そこで会社側が敗訴する可能性が高いためです。
早い段階で話し合いに応じた方が、比較的低額な解決金で穏便に決着できる傾向があります。
逆に、不利な事案であるにもかかわらずあっせんを拒み続けると、その姿勢が後の手続で不利に評価されるおそれもあります。
あっせん案の受諾は拒否できるのか?
あっせんに参加した場合であっても、あっせん委員から示されたあっせん案を必ず受け入れなければならないわけではありません。
提示された内容が自社にとって著しく不利であったり、過大な譲歩を求めるものであったりする場合には、これを拒否するという選択も十分にあり得ます。
あっせん案を拒否すれば、あっせんは不成立となって終了しますが、それによって直ちに会社側へ不利な判断が下されるわけではありません。
もっとも、拒否が妥当かどうかは、その後に想定される展開まで見据えて判断する必要があります。
あっせん案の法的効力
あっせん案そのものに法的な拘束力はなく、企業側がこれを拒んだとしても、原則として不利益が生じることはありません。
もっとも、あっせん案を受け入れて労使間で合意が成立した場合には、その合意は民法上の和解契約(民法695条)としての効力を持つことになります。
和解契約が成立すれば、当事者は合意した内容に従って債務を履行する義務を負います。
したがって、あっせん案を受諾するかどうかは、合意後に生じる法的効果まで見据えて慎重に判断することが求められます。
企業があっせんに応じないとどのようなリスクがある?
あっせんへの参加は任意であるとはいえ、応じないという選択が常に企業側に有利に働くわけではありません。事案の内容によっては、あっせんを拒否したことが、その後の紛争をかえって長期化・深刻化させたり、企業側の立場を不利にしたりする要因となることもあります。
以下では、あっせんに応じなかった場合に想定される主なリスクを整理します。
労働審判や訴訟に発展する
企業があっせんに応じなかった場合、労働者側は紛争を解決するために、労働審判や訴訟といった次の法的手続へ移行することを検討します。
これらの手続に発展すると、あっせんに比べて解決までに要する期間は長くなり、対応にかかる労力やコストも大きく膨らみます。
さらに、紛争が長引くことで労使間の対立が一層深刻化し、企業経営に支障をきたすおそれもあります。
あっせんは簡易迅速に進む手続であるため、うまく活用すれば早期解決につながる可能性がある点も踏まえて、対応を検討すべきでしょう。
不誠実な交渉態度と評価される
労働者側が正当な要求をしている場合や、企業側の違法性が明白であるような場合に、あっせんへ一切応じないという対応をとると、その姿勢が「不誠実な交渉態度」と受け止められるおそれがあります。
実際、労働審判の申立書には申立てに至る経緯を記載する欄があり、あっせんを拒否した事実が裁判所に伝わることも少なくありません。
その結果、後に労働審判や訴訟へ移行した際に、裁判官の心証を悪くし、企業側に不利な判断へつながってしまう可能性があります。
あっせんへの対応を弁護士に依頼するメリット
あっせんは話し合いを中心とする手続ですが、その場で自社の主張を的確に伝え、有利な解決へ導くには、法的な視点からの準備と対応が欠かせません。
弁護士に依頼すれば、こうした交渉を適切に進めることが期待できます。
加えて、あっせんで合意に至らなかった場合には、労働審判や訴訟へ移行する可能性があります。
あっせんの段階から弁護士に関与してもらうことで、その後の手続まで見据えた一貫した方針を立てることができ、同じ弁護士が引き続き対応にあたれる点も大きな利点といえます。
あっせんが不成立となった後にとるべき対応
あっせんが不成立に終わった場合、企業側としては、労働者が労働審判や訴訟へ移行してくるかどうかを見守るのが基本的な対応となります。
もっとも、労働者側に弁護士が就いているようなケースでは、次の手続へ進む可能性が高いといえます。
他方で、あっせんでの話し合いの経緯を踏まえ、企業側から改めて任意の交渉を持ちかけ、解決の余地を探ることも選択肢の一つです。
いずれにしても、想定される展開を見据えて、あらかじめ方針を立てておくことが重要です。
時効中断の効果について
労働局の紛争調整委員会によるあっせんについては、時効に関する特例が設けられています。
すなわち、あっせんが打ち切られた場合において、労働者がその旨の通知を受けた日から30日以内に、あっせんの目的となった請求について訴えを提起したときは、時効との関係では、あっせんの申請時に訴えの提起があったものとみなされます(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律16条)。
この特例は、平成29年民法改正(令和2年4月施行)前の「時効の中断」に相当する効果を定めたものであり、現行法のもとでは時効の完成猶予・更新の場面で機能します。企業側としても、あっせん不成立後の対応を検討するにあたり、この特例の存在を踏まえておく必要があります。
あっせんや労働審判を申し立てられたら、労働問題に精通した弁護士にご相談下さい。
社員側からあっせんや労働審判の申立てを受けた場合に、対応が面倒だからといってそのまま放置したり、不適切な対応をとってしまったりすると、企業側にとって想定外に不利な状況を招くおそれがあります。
また、あっせんや労働審判は、会社側に与えられる準備期間が短いことも少なくなく、限られた時間の中で適切な対応を整えるハードルは決して低くありません。
あっせんに応じるべきか否か、労働審判にどう対応すべきかなど、判断に迷われる場面も多いと思われます。
弊所の弁護士であれば、労働問題を多く取り扱っておりますので、少しでもお力になれるかと存じます。
お気軽にお問い合わせください。

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