監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
- 労働審判
労働関係の紛争を迅速に解決する制度として、労働審判は企業・労働者の双方から広く利用されています。その大きな特徴は、最終的に裁判所の判断(審判)を仰ぐことを予定しつつも、実際には当事者の話し合いによる和解(調停)で終結する事件が大多数を占める点にあります。
会社としては、申立てを受けてから限られた期日の中で、和解に応じるべきか、応じるとしてどのような条件を引き出すかを的確に判断しなければなりません。
本コラムでは、労働審判における和解の意義や成立率、会社側が得られるメリット、和解を有利に運ぶための具体的な方針とポイント、そして和解に至らなかった場合の帰結までを、企業側の視点から整理して解説します。
目次
労働審判における和解(調停)とは?
労働審判は、裁判官である労働審判官1名と、労働関係の専門的知識を有する労働審判員2名で構成される労働審判委員会が審理を担当します。
委員会は、審理が終結するまでの間、各期日において調停(和解)を試みることができるとされています(労働審判規則22条1項)。
具体的には、申立書・答弁書に表れた当事者双方の主張から争点を整理し、提出された証拠や期日での聴取によって心証を固めながら、合意による解決の余地を探っていきます。
労働審判は、最終的に判断(審判)を下す手続でありながら、その過程で和解による自主的な解決を重視する制度設計となっている点に大きな特色があります。
労働審判の和解成立率
司法統計をみると、労働審判事件の終局事由のうち、調停(和解)の成立が約7割を占める一方、審判にまで至る事件は1割台にとどまっています。
さらに、審判後に異議が出ず確定したものや、手続外で解決して取り下げられたものを含めれば、実質的な解決率はより高くなると考えられます。
労働審判が原則3回以内という短期決戦の手続であることもあり、当事者間に歩み寄りの余地がある事案については、早い段階で和解による決着が図られているのが実情といえます。
労働審判で和解を目指すべきケース
和解に適するかどうかは、当事者双方が望む解決の方向性が一致するかどうかが大きな分かれ目となります。
たとえば解雇の有効性が争点となる事案でも、労働者が実際に求めているのが職場復帰ではなく一定額の金銭であり、会社側も金銭による決着を望んでいる場合には、和解による解決に向いているといえます。
反対に、労働者があくまで復職を強く希望し、会社としてはそれを受け入れがたいという場合には、解雇事由の有無を慎重に審理せざるを得ず、和解での解決は難しくなります。
会社としては、相手方の真の狙いがどこにあるのかを早期に見極めることが、和解戦略を立てるうえでの出発点となります。
労働審判で和解する会社側のメリットとは?
和解による解決は、会社にとって単なる譲歩や妥協ではなく、訴訟と比較してむしろ合理的な選択肢となる場面が少なくありません。
以下では、会社側が和解を選択することによって得られる主なメリットを、早期解決・柔軟性・リスク回避という三つの観点から整理して解説します。
早期解決できる
労働審判で和解できずに通常訴訟へ移行すると、判決確定までに1年以上を要することも珍しくなく、主張・立証や証拠調べに多くの人員と時間を費やすことになります。
これに対して労働審判は原則3回以内の期日で終結する手続であり、多くの事件が申立てから数か月程度で解決に至ります。
期日内で和解が成立すれば、長期化に伴う社内対応の負担や弁護士費用などのコストを抑えられるうえ、紛争に割かれていた経営資源を本来の事業へ振り向けることができます。
早期に決着をつけられる点は、会社にとって和解の最も大きなメリットの一つといえます。
柔軟な解決が可能
判決や審判では、原則として申立ての範囲内で実体法上の権利義務に即した判断が示されますが、和解の内容は必ずしも法律上の権利関係に拘束されません。
当事者の合意によって、柔軟かつ実情に即した解決条件を設計できる点が和解の強みです。
たとえば、解雇の効力そのものを正面から争うのではなく、労働者が退職する(地位を失う)ことを前提に、一定の解決金を支払って関係を清算するといった内容も可能です。
さらに、和解書には口外禁止条項などを盛り込み、紛争の経緯や解決内容が社内外へ波及するのを防ぐこともできます。柔軟な解決が可能という点は、会社にとって大きなメリットであるといえます。
訴訟リスクを回避できる
和解が成立すれば、その事件について改めて訴訟が提起されることはなく、控訴・上告によって紛争が長期化するおそれもありません。
結論の見通しが微妙な事案では、判決によって会社が全面敗訴し、未払賃金(バックペイ)や付加金の支払いを命じられるリスクを避けられる点も重要です。
加えて、敗訴判決は内容が公開されるおそれも存在しているため、そうなると、取引先や従業員からの信用低下といった無形の損害につながりかねません。
和解によって自ら解決条件をコントロールできることは、こうした予測困難なリスクを早期に遮断する有効な手段となります。
和解を有利に進めるために会社が立てるべき方針とポイント
和解を選択するとしても、漫然と委員会の打診に応じるだけでは、会社にとって不本意な条件での決着を招きかねません。
ここでは、譲歩の範囲、和解案を提示するタイミング、解決金の水準という三つの観点から、会社が事前に押さえておくべきポイントを解説します。
ある程度譲歩できるか検討する
和解は、当事者が互いに譲歩し合うことによって成立するものです。
民法上も、和解は「当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる」と定められています(民法695条)。
したがって、自社の主張を一切曲げないという姿勢では合意は成立せず、一定の歩み寄りが不可欠となります。
会社としては、交渉に入る前の段階で、どこまでなら譲歩できるのか、逆に絶対に譲れない条件は何かを社内で整理しておくことが重要です。譲歩可能な幅をあらかじめ広めに見積もっておくほど、和解成立の現実的な可能性は高まりますし、早期に和解が成立する可能性が高まります。
妥協案の提示とタイミング
労働審判では、委員会が当事者双方の主張・証拠を踏まえて心証を形成し、適切と考える和解案を提示します。
会社側からも、相手方の主張内容や証拠の出方を見ながら、自ら解決案を示すことが可能です。
和解案を提示する好機としては、委員会から心証の開示があったときや、和解の検討を促されたタイミングが典型例です。
早すぎる提示は手の内を明かして交渉上不利になりかねず、遅すぎれば審判へと流れてしまうおそれがあるため、提示時期については、十分弁護士と協議しておきましょう。
なお、第1回期日で和解に至る事案も多いため、決裁権限者が出頭するか、少なくとも即時に連絡が取れる体制を整えておくべきでしょう。
解決金(和解金)はいくら支払うか
解決金の額は事案ごとに大きく異なり、一律の相場というものはありません。
たとえば解雇の効力が争われる事案では、賃金の3~6か月分程度が一つの基準となることが多く、会社側に不利な心証が形成されている場合にはさらに高額となる傾向があります。
最終的な金額は、請求が認容される見込み、早期解決により得られる利益、当事者双方の資力や事情など、複数の要素を総合的に考慮して定まります。
委員会に会社側有利の心証を抱いてもらえるよう、期日で十分な反論を尽くすことが、解決金を抑えるうえでの鍵となります。
労働審判で和解できなかったらどうなるのか?
委員会が示す和解案について当事者双方の合意が得られれば調停が成立し、事件はその時点で終了します。しかし、双方の主張が鋭く対立して折り合いがつかない場合には、和解は不成立となり、手続は次の段階へと進むことになります。
ここでは、和解がまとまらなかった場合に会社が直面する帰結と、その後に会社がとり得る選択肢について整理して解説します。
裁判所による審判が下される
和解が成立しなかった場合、労働審判委員会は、審理を通じて認められた当事者間の権利関係と手続の経過を踏まえて、労働審判を行います。
この審判に対して、当事者が審判書の送達または労働審判の告知を受けた日から2週間以内に異議を申し立てなければ、審判は確定し、裁判上の和解と同一の効力をもって事件は終了します(労働審判法21条1項)。
確定した審判は債務名義となるため、相手方が支払いに応じない場合には強制執行の根拠とすることができます。一方、いずれかの当事者から適法な異議が申し立てられると、審判は効力を失い、自動的に訴訟へ移行することになります(労働審判法22条1項)。
異議申立てをして訴訟に進むべきか?
審判の内容に納得できない場合、会社は異議を申し立てて訴訟で争うことができます。
もっとも、異議を申し立てるべきか否かは慎重な検討を要します。
労働審判は裁判官を含む委員会による判断であり、その内容は、訴訟へ移行した場合に裁判所が示すであろう判断の方向性を相当程度示唆するものといえるからです。すなわち、審判で会社に不利な内容が示された場合、訴訟でも同様の結論となる可能性が小さくありません。
異議申立てによって解決はさらに長期化し、コストや敗訴リスクも増大しますので、審判の内容と訴訟の見通しを冷静に比較したうえで、異議の要否を判断することが重要です。
会社側に不利な内容で和解しないためには
和解交渉では、裁判のように法的主張や証拠の優劣だけで結論が決まるわけではなく、相手方の置かれた状況や意向など要素も内容を大きく左右します。
とはいえ、交渉の土台となるのは、あくまで法律論と、訴訟へ移行した場合の見通しです。
これらが曖昧なまま交渉に臨めば、相手方や委員会のペースに流され、会社にとって不利な条件をのまされかねません。
会社側に不利な和解を避けるためには、答弁書の作成段階から事実関係の調査と証拠の収集を徹底し、法的主張を緻密に組み立てたうえで、委員会の心証を確認しながら客観的に状況を分析する姿勢が不可欠です。
和解を有利に進められるよう、労働審判を得意とする弁護士がサポートいたします。
労働審判は、原則3回以内の期日で終結する、極めてスピードの速い手続です。申立てを受けた会社には準備のための時間的余裕がほとんどなく、迅速かつ的確な初動対応が求められます。
とりわけ、会社側が提出する答弁書や、期日での受け答えは委員会の心証形成に直結し、その心証はその後の和解交渉の有利・不利を大きく左右します。準備が不十分なまま手続に臨めば、本来であれば避けられたはずの不利な条件での決着を招きかねません。
弊所には、会社側代理人として数多くの労働審判を取り扱ってきた、経験豊富な弁護士が在籍しています。労働審判を申し立てられた際には、できる限り早い段階でご相談ください。

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