労務

裁量労働制導入における留意点

姫路法律事務所 副所長 弁護士 松下 将

監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士

  • 裁量労働制

近年、働き方改革が話題となっています。

会社を経営されている方の中には、自分の会社も働き方改革をした方が良いのか、悩まれている方も多いのではないでしょうか。

本記事では、働き方改革の中でも、「裁量労働制」という制度に焦点を当て、裁量労働制とは何か、裁量労働制を導入するためにはどのようなことに留意したら良いのか等について、以下解説していきます。

労働基準法で定められている「裁量労働制」

裁量労働制とは、実際に労働者が働いた時間を労働時間としてみるのではなく、あらかじめ定めた時間を労働時間とみなす制度のことをいいます。

例えば、裁量労働制によりみなしの労働時間を1日8時間とすれば、実際の労働時間が1時間や10時間だったとしても、8時間労働したものとみなされることになります。

労働者の自由な働き方を実現する目的

労働法は、もともとサラリーマンなどの集団的に働く労働者を想定していたため、法定労働時間や時間外労働等の労働時間の長さに関する規定を整備し、労働時間が長い労働者の賃金を割増にするなどして対応していました。

しかし、昨今は、労働の多様性等が高まったことにより、労働時間の長さに着目した規定では対応できない労働者が増えてきました。

裁量労働制は、上記のとおり、あらかじめ定めた時間を労働時間とみなすため、労働時間の長さに関する規制では対応できない労働者の自由な働き方を実現することができます。

裁量労働制とはどのような仕組みなのか?

裁量労働制は、すべての職種に適用できるわけではありません。

裁量労働制は、①専門業務型、②企画業務型の2種類に分類されますが、いずれも裁量労働制を適用できる職種が労働基準法や厚生労働省令等によって定められています。

これらに定められている職種であれば、労働法所定の手続を行うことで、労使協定や労使委員会の決議で定めた時間を労働時間とみなすことができます。

フレックスタイム制やみなし労働とは何が違うのか?

フレックスタイム制とは、1日単位ではなく、一定期間における総労働時間を定め、労働者がその時間内で自由に始業・終業時刻を定めて働く制度のことをいいます。

時間配分について、労働者が自由に決定できるという点では裁量労働制と共通しますが、裁量労働制は実際の労働時間にかかわらずあらかじめ定めた時間を労働時間とみなすのに対し、フレックスタイム制は実際に働いた時間が労働時間とされるという点で異なります。

事業場外労働のみなし労働時間制とは、外回り等の外出が多い労働者について、事前に取り決めた時間分だけ働いたものとみなす制度のことをいいます。

実際の労働時間にかかわらず、事前に定めた時間を労働時間とみなすという点で裁量労働制と共通しますが、裁量労働制では対象者の職種が限定されるのに対し、事業場外労働のみなし労働時間制は対象者の職種は限定されないという点で異なります。

裁量労働制導入における留意点とは

以下では、裁量労働制を導入するにあたって留意すべき点について解説していきます。

業務遂行の方法・時間配分は労働者の裁量に委ねられる

裁量労働制を適用するためには、業務遂行の方法、時間配分の決定等について、労働者に裁量を与える必要があります。

そのため、裁量労働制を導入しているにもかかわらず、会社から労働者に対して細かい指示を行って労働させている場合は、業務遂行の方法や時間配分の決定等について労働者に裁量がないとして、裁量労働制の適用が認められない可能性があります。

裁量労働制の適用が認められない場合は、原則どおり、実際の労働時間に応じた賃金等を支払う必要がありますので、注意してください。

裁量労働制の対象となる業務は限られる

上記のとおり、裁量労働制は、①専門業務型、②企画業務型の2種類に分類されますが、いずれも裁量労働制を適用できる業務が労働基準法や厚生労働省令等によって定められています。

  • 専門業務型として裁量労働制が適用できる業務は、以下の20種類です。

    1. 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
    2. 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本となるものをいう。)の分析又は設計の業務
    3. 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和25年法律第132号)第2条第28号に規定する放送番組(以下「放送番組」という。)の制作のための取材若しくは編集の業務
    4. 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
    5. 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
    6. 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務)
    7. 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)
    8. 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務)
    9. ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
    10. 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務)
    11. 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
    12. 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。)
    13. 銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(いわゆるM&Aアドバイザーの業務)
    14. 公認会計士の業務
    15. 弁護士の業務
    16. 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
    17. 不動産鑑定士の業務
    18. 弁理士の業務
    19. 税理士の業務
    20. 中小企業診断士の業務
  • 企画業務型は、具体的な業務の指定はないものの、以下の4要件をすべて満たす業務が専門労働制の対象となる旨規定されています(労働基準法38条の4第1項第1号)。

    • 事業の運営に関する事項についての業務であること(例えば対象事業場の属する企業等に係る事業の運営に影響を及ぼすもの、事業場独自の事業戦略に関するものなど)
    • 企画、立案、調査及び分析の業務であること
    • 当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその業務遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務であること
    • 当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、使用者が具体的な指示をしないこととする業務であること

法律で定められた手続きを経る必要がある

裁量労働制を導入するには、専門業務型、企画業務型、それぞれ必要な手続を行う必要があります。

必要な手続は、以下のとおりです。

【専門業務型】

  1. 労使協定を過半数労働組合又は過半数代表者と結ぶ
    1. 個別の労働契約や就業規則等の整備(繰り返しの整備は不要)
    2. 所轄労働基準監督署に協定届を届け出る
  2. 労働者本人の同意を得る
  3. 制度を実施する
  4. 労使協定の有効期間の満了(継続する場合は①へ)

【企画業務型】

  1. 労使委員会を設置する
  2. 労使委員会で決議をする
    1. 個別の労働契約や就業規則等の整備(繰り返しの整備は不要)
    2. 所轄労働基準監督署に決議届を届け出る
  3. 労働者本人の同意を得る
  4. 制度を実施する
  5. 決議の有効期間の満了(継続する場合は②へ)

不同意者に対する不利益な取り扱いの禁止

上記のとおり、専門業務型でも企画業務型でも、裁量労働制を適用するには労働者本人の同意を得る必要があります。

労働者によっては、裁量労働制の適用に同意しなかったり、裁量労働制の適用に同意していたものの後に同意を撤回したりすることがあります。

しかし、会社としては、このような行動を取った労働者を不利益に取り扱うことは禁止されています。

不利益取扱いに該当するか否かは、個別の事情によって判断されることになりますが、労働者が裁量労働制の適用に同意しなかった場合は、個別の労働契約や就業規則等の内容に基づいて労働条件が決定されることになりますので、その労働契約等が明らかに合理性を欠く等の事情がない限り、不利益取扱いには該当しないものと考えられます。

労働者の健康・福祉を確保する義務がある

上記のとおり、裁量労働制が適用された労働者は、業務遂行の方法や時間配分の決定等について裁量を有することになりますが、このことをもって、会社が当該労働者の生命、身体及び健康を危険から保護すべき義務(安全配慮義務といいます。)を免れるわけではありません。

裁量労働制においても、会社は、当該労働者の労働時間の状況は把握する義務を負っています(労働安全衛生法66条の8の3など)。

会社としては、労働者の健康・福祉確保措置として以下のいずれかの措置を選択し、実現することが望ましいでしょう。

  1. 終業から始業までに一定時間以上の継続した休息時間を確保すること
  2. 労働基準法第37条第4項に規定する時刻の間において労働させる回数を1ヶ月について一定回数以内とすること
  3. 把握した労働時間が一定時間を超えない範囲内とすることおよび当該時間を超えたときは労働基準法第38条の3第1項の規定を適用しないこととすること
  4. 働き過ぎの防止の観点から、年次有給休暇についてまとまった日数連続して取得することを含めてその取得を促進すること
  5. 把握した労働時間が一定時間を超える対象労働者に対し、医師による面接指導(問診その他の方法により心身の状況を把握し、これに応じて面接により必要な指導を行うことをいい、労働安全衛生法第66条の8第1項の規定による面接指導を除く)を行うこと
  6. 把握した対象労働者の勤務状況およびその健康状態に応じて、代償休日または特別な休暇を付与すること
  7. 把握した対象労働者の勤務状況およびその健康状態に応じて、健康診断を実施すること
  8. 心とからだの健康問題についての相談窓口を設置すること
  9. 把握した対象労働者の勤務状況およびその健康状態に配慮し、必要な場合には適切な部署に配置転換をすること
  10. 働き過ぎによる健康障害防止の観点から、必要に応じて、産業医等による助言・指導を受け、または対象労働者に産業医等による保健指導を受けさせること

長時間労働で体調不良者が出た場合

長時間労働が原因で体調不良者が出た又は出るおそれがある場合、会社は、以下の措置を実施すべきです。

  • 医師による面接指導
  • 代償休日又は特別な休暇の付与
  • 健康診断の実施

最近では、これらの措置を取らなかった結果、長時間労働が原因で体調不良となった者がうつ病等の精神的な病気にかかり、自殺に至ってしまうケースも見られます。

こういったケースでは、長時間労働が原因で労災認定される可能性が高いですので、会社にとっては、金銭的な負担のみならず、社会的な評価にも大きく影響することになるでしょう。

このような事態を避けるためにも、会社としては、労働者の労働状況を適切に管理し、適切な措置を取ることが重要といえます。

苦情処理措置を定める必要がある

裁量労働制を導入する場合は、苦情処理措置を定める必要があります。

苦情処理措置を定める際には、苦情の申出の窓口、担当者、取り扱う苦情の範囲、処理の手順や方法等を具体的に明らかにしましょう。

すでに会社内で苦情処理システムが定められている場合は、裁量労働制が適用される労働者についての苦情処理を併せて行うことを労働者に周知するようにしましょう。

裁量労働制であっても割増賃金は発生する

裁量労働制は、上記のとおり、労働時間に関してみなし効果が発生しますが、時間外・休日労働等に関する規定の適用が排除されるわけではありません。

そのため、労使協定等で定めたみなしの労働時間によると時間外労働が発生するような場合は、割増賃金の支払をしなければなりません。

裁量労働制を適切に運用するためには

制度趣旨を理解したうえで適切なルールを定める

裁量労働制は、労働者に柔軟な働き方を認める一方で、会社の管理方法等によっては労働者に違法な長時間労働をさせてしまう危険もあります。

裁量労働制を導入する際は、上記のとおり、労働時間の長さに関する規制では対応できない労働者の自由な働き方を実現するという裁量労働制の制度趣旨を理解し、かかる趣旨に即した適切なルールを定めるようにしましょう。

労働時間を正確に把握・管理する

上記のとおり、裁量労働制を導入した場合でも、会社は、労働者の労働時間の把握が義務付けられています。

労働時間の把握方法についてですが、労働者の自己申告は、原則として認められませんので、客観的な方法で労働時間を把握できるようなルールを定める必要があります。

また、労働時間を正確に把握するだけでは足りず、把握した労働時間に応じて、会社が労働者の健康・福祉確保措置を実施することが重要です。

遅刻や早退の取り扱いについて

裁量労働制が適用される労働者は、業務遂行の方法や時間配分の決定等について裁量が与えられますが、フレックスタイム制のように出退勤が自由というわけではありません。

裁量労働制が適用される労働者についても、個別の労働契約や就業規則等によって始業・終業時刻が決められることになりますので、遅刻や早退が発生します。

遅刻や早退については、他の労働者と同様、口頭注意を行ったり、場合によっては懲戒処分を行ったりすることになります。

ただし、時間配分の決定等について裁量が与えられていますので、裁量労働の範囲内であれば、賃金をカットすることはできません。

労働基準法に違反した場合の罰則

労働基準法は、裁量労働制を導入する際に会社が行わなければならない事項に違反した際の罰則を設けていません。

しかし、上記のとおり、裁量労働制は、労働時間に関してみなし効果を与えるものにすぎず、時間外労働等の規定は他の労働者と同様に適用されますので、これらの規定に違反すれば罰則が科されることになります。

裁量労働制に関する裁判例

上記のとおり、裁量労働制は、労働時間に関してみなし効果を与えるものですので、本来は対象業務ではないにもかかわらず、裁量労働制としてみなしの賃金を支払っていた場合、賃金の未払いが発生している可能性があります。

以下では、実際に賃金の未払いがあったとして、裁判所が会社に対し賃金の未払い部分を支払うよう命じた裁判例を紹介します。

事件の概要

本事案は、Y社が労働者Xに対し、Xの行為により損害が出たとして損害賠償請求をしたところ、その過程で労働時間が裁量労働制によってみなし労働時間とされていることが判明したため、XがY社に対し賃金の未払部分を反訴で請求したというものです。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

それでは、本事案に関する裁判所の判断(京都地裁平成23年10月31日判決 エーディーディー事件)をご紹介します。

本事案では、そもそもXに専門業務型裁量労働制の適用があるか否かが争点となりました。

結論からいうと、裁判所は、Xの業務について、「情報処理システムの分析又は設計の業務」に該当するとはいえず、専門業務型裁量労働制の要件を満たしていないと判断しました。

理由は、以下のとおりです。

  • Xは、取引先のC社から発注を受け、カスタマイズ業務を中心に職務を行っていたが、C社は下請であるY社に対しシステム設計の一部しか発注しておらず、その業務につきタイトな納期を設定していたことから、Xにとっては裁量労働制が適用されるべき業務遂行の裁量性はかなりなくなっていた。
  • Y社は、Xに対し、専門業務型裁量労働制に含まれないプログラミング業務につき未達が生じるほどノルマを課していた。
  • Y社は、C社を訪問し、もっと発注してほしいという依頼をするなど、営業活動にも従事していた。
  • 以上の事実からすると、Xが行っていた業務は、専門業務型裁量労働制の対象業務である「情報処理システムの分析又は設計の業務」であったということはできず、専門業務型裁量労働制の要件を満たさない。

ポイント・解説

上記のとおり、専門業務型裁量労働制の対象となる業務は、具体的に20の業務が明確に定められています。

本判決のように、会社としては対象業務であると考えて裁量労働制を導入したとしても、実際は対象業務ではなかったとして、後に未払の賃金に加えて付加金を支払わなければならなくなるリスクがあります。

実際、本事案は、未払の賃金は567万9616円であったものの、付加金も含めて1120万円程度の支払が命じられています。

裁量労働制を導入する際には、事前に対象業務に該当するか慎重に検討する必要があるでしょう。

裁量労働制の導入でお悩みの方は、弁護士に相談し、適切なアドバイスを受けましょう。

裁量労働制は、労働者の自由な働き方を認めるという意味で労働者側にメリットがあり、会社にとっても、あらかじめ定めた時間を労働したとみなし、割増賃金の支払をカットすることができるという意味でメリットがありますので、導入することができれば、業務の効率化を図ることが期待できます。

しかし、慎重に検討することなく導入してしまうと、後々労働者との間でトラブルとなり、結果的に会社に多大な損害が生じてしまうリスクもあります。

裁量労働制を導入したいけど本当にこれで大丈夫だろうか、と不安に思われている方は、弁護士に相談することをおすすめします。

弊所には、企業法務に精通した弁護士が多数在籍しておりますので、ぜひ一度ご相談ください。

姫路法律事務所 副所長 弁護士 松下 将
監修:弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長
保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)
兵庫県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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