監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
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採用段階では、応募者全員の能力を的確に判断することは困難です。ですので、能力・適格性が欠如する問題社員の対応に頭を抱えている会社は少なくありません。
会社としては、問題社員に対して、解雇等の不利益な処分を検討されると思いますが、労働者として労働基準法等の法律によって守られますので、安易に解雇等の不利益処分を行った場合、問題社員から処分の有効性を争われ、処分が無効となってしまう可能性があります。
労働者に対し不利益な処分を行うためには、処分の内容が合理的かつ相当なものである必要があるだけではなく、処分に至るまでの過程(手続)が極めて重要になります。
この記事では、必要な能力・適格性が欠如している問題社員に対する適切な対応について、労務管理に精通した弁護士が詳しく解説していきます。
目次
- 1 能力不足・適格性が欠如していることの問題点
- 2 能力・適格性の欠如は解雇理由になり得るのか?
- 3 企業は解雇回避のために努力する必要がある
- 4 問題社員を解雇する際の留意点
- 5 新卒採用・中途採用の取り扱い
- 6 協調性の欠如による解雇の妥当性
- 7 能力不足である管理職への対応
- 8 解雇の有効性が問われた裁判例
- 9 よくある質問
- 9.1 改善の機会を与えたにも関わらず、再度重大なミスをした社員の解雇は認められますか?
- 9.2 試用期間中に能力不足であることが判明した場合、解雇することは認められますか?
- 9.3 問題社員への対応がパワハラに該当するのはどのようなケースですか?
- 9.4 社員の度重なるミスで会社が被害を被った場合、損害賠償を請求することは可能ですか?
- 9.5 再三注意しても勤務態度の改善がみられない社員を解雇する場合、解雇予告は必要でしょうか?
- 9.6 能力不足であることを理由に、退職金を減額することは問題ないですか? 基本的には問題があります。
- 9.7 会社が問題社員に与えた改善の機会や、指導に関する記録は残しておくべきでしょうか?
- 9.8 問題社員への退職勧奨が違法となるケースについて教えて下さい。
- 9.9 協調性の欠如を理由に懲戒責任を問うことはできるのでしょうか?
- 9.10 取引先からの社員の勤務態度について申入れがあった場合、解雇することは可能ですか?
- 9.11 社員の能力不足を理由に、職種を変更させることは認められますか?
- 9.12 能力不足・適格性欠如を立証するにはどのような証拠が必要ですか?
- 10 問題社員への適切な対応について、企業労務に強い弁護士がアドバイスいたします。
能力不足・適格性が欠如していることの問題点
能力不足・適格性が欠如している社員については、給与に見合った働きをしていないという個人の問題だけではなく、以下記載のとおり、会社や他の社員に対しても悪影響を及ぼすことになります。
企業や他の社員に及ぼす影響
能力不足・適格性が欠如している社員は、仕事上のミスや他の社員との協調性の不和等のトラブルを起こすため、取引先や他の社員等に迷惑がかからないよう管理や指導等の労務管理の負担が極めて増大します。
また、問題社員が仕事をしない若しくは仕事ができない場合、周りの優秀な社員が問題社員の業務を負担せざるを得ない状況が生じることになります。周りの社員は、問題社員のフォローに不満を抱くことになり、職場環境に対する不満、モチベーションが低下、優秀な社員の離職など様々な悪影響が生じます。
能力・適格性の欠如は解雇理由になり得るのか?
能力不足・適格性が欠如は、解雇理由になり得るものの、以下で詳しく説明するとおり、基本的に解雇のハードルは高く、適切な対応・手続が取られていない場合には、解雇は無効となってしまう可能性が高いので注意が必要です。
解雇権濫用法理との関係
解雇権濫用の法理とは、解雇が客観的に「合理的な理由」があり、かつ、「社会通念上相当」である場合にのみ認められるという法理が過去の裁判例により作られ、現在は、労働契約法16条において明記されています。
ただし、「合理的な理由」、「社会通念上相当」といった文言は抽象的ですので、実際には、懲戒事由の重大性、労働者の処分歴、他の労働者の処分との均衡等の事情をケースごとに総合的に判断して妥当な判断を導くことになります。
裁判所による解雇の有効要件
裁判所では、上記のとおり、解雇が客観的に「合理的な理由」があり、かつ、「社会通念上相当」であるかどうかを判断しています。
その判断において、裁判例では、能力不足・適格性の欠如による解雇の場合、①労働能力の有無を判断する職務の範囲、②労働能力の低下・欠如の程度、③能力改善機会の付与など解雇回避措置の要否が判断のポイントとなっています。
解雇の根拠となる就業規則の規定
解雇するにあたっては、就業規則に解雇事由が定められていることが必要です。
能力・適格性の欠如の場合、「労働能率が劣り、向上の見込みがないこと」等の就業規則に規定が解雇の根拠となります。
企業は解雇回避のために努力する必要がある
解雇は労働者にとって最も重い処分であるため、解雇権濫用法理に基づいて解雇の有効性を考えるときには、「解雇以外に他に方法はなかった」と言えるか(最後の手段であったか)という視点は、判断の重要な目安として持っておく必要があると思います。そして、会社としては、以下で説明するとおり、解雇回避のための努力をする必要があります。
改善の機会を与える
能力・適格性の欠如による解雇については、基本的には、労働契約の継続を困難とするほどの重大な能力の欠如・低下があるとともに、使用者として能力改善策を講じたが改善の見込みがなかったことが求められます。
適切な教育指導をする
また、使用者が問題社員に対し、適切な教育指導を実施してきたか否かについても、解雇の有効性を判断する重要な要素となります。
適切な教育指導を実施してきたにもかかわらず、能力不足ないし適格性の欠如が改善しないという事実は、解雇を有効ならしめる事実の一つとなり得ます。
配転や懲戒処分の検討
さらに、解雇は労働者にとって最も重い処分であるため、配転・降格等により雇用を維持する可能性を検討し提示したことなど、使用者が解雇を回避する努力をしたことも解雇の有効性を判断する重要な要素となります。
退職勧奨
上記のとおり、使用者が解雇を回避する努力をしたことが求められ、解雇の有効性が厳しく判断されます。
そこで、解雇相当の事案においても、労働者との事後的な紛争を防止するため、退職勧奨の手段を利用することがあります。
ただし、退職勧奨とは、あくまでも従業員に退職を促し、任意に退職してもらうものですので、不当な手段や態様がある場合には、違法であるとされるために注意が必要です。
問題社員を解雇する際の留意点
問題社員を解雇する場合、事後的に解雇の有効性を争われ、訴訟に発展するリスクがあります。仮に、解雇が無効となった場合には、いわゆるバックペイ(解雇が無効と判断された場合に会社が支払を命じられる金銭。
解雇の時点にさかのぼって会社が解雇期間中、本来支払うべきであった賃金の支払を命じられます。)が発生する重大なリスクがあるため、上述した裁判所による解雇の有効要件に沿う証拠を収集しておくことが極めて重要です。
証拠の重要性
口頭のみで教育指導を繰り返し、改善の機会を与えていたとしても、事後的に労働者からそのような機会を与えられていないと争われた時には、会社側が解雇を回避する努力を行ったことを証拠により立証しなければなりません。
したがって、会社としては、日頃から、教育指導した内容を書面で通知する、労働者に始末書を提出させるなど客観的な証拠を収集しておくことが重要です。
新卒採用・中途採用の取り扱い
能力不足・適格性が欠如を理由とした解雇について、新卒採用・中途採用の取り扱いに違いがあるか解説します。
新卒採用の場合
新卒採用の場合には、これから職務に必要な能力や適格性を育んでいくことになります。
そのため、新卒採用の場合には、解雇の有効性を判断するうえで、上記3-1~3-3で記載した改善の機会が与えられていたか、適切な教育指導が実施されていたか、配転や懲戒処分の検討がなされたか等について中途採用より厳しく判断される傾向にあります。
中途採用の場合
他方で、中途採用の場合、専門性の高い職務・職位を特定しそれに見合った能力の発揮を期待して給与を支給して雇用されているケースがあります。
そのため、上記5-1に記載のとおり、解雇の有効性を判断するうえで、改善の機会を与えたか、適切な教育指導が実施されたか、配転や懲戒処分の検討がなされたか等について新卒採用より緩やかに判断されるケースもあります。
ただし、中途採用も様々なケースがあり、特定能力の発揮が期待されている度合い、能力の欠如の程度、他の職務に配置することの難易度などを考慮して解雇の有効性が厳格に判断されますので、容易に解雇できるとは考えるべきではありません。
協調性の欠如による解雇の妥当性
裁判例においては、協調性の欠如が解雇理由に該当するか否かは、単に協調性が欠如しているということでは足りず、その程度が著しく劣悪で、使用者側が改善を促したにもかかわらず、改善がないといえるかどうか、使用者の業務全体にとって相当な支障となっているといえるかどうかなどの点を総合考慮して判断しています。
そのため、協調性の欠如による解雇を行う際には、社員の問題の言動に関する証拠、教育指導したが改善しなかった証拠、他の従業員との協働が困難になり業務に支障を生じさせている証拠等の証拠を収集しておくことが重要になります。
能力不足である管理職への対応
能力不足や適格性の欠如は、管理職にも起こりうる問題です。また、その管理職のもとで勤務する社員が多数いることから、上述したきた問題社員以上に他の社員に対しても悪影響を及ぼす可能性があります。
管理職に役職を遂行する必要な能力が欠如しており、必要とされる能力と実際の能力とに乖離がある場合には、解雇できる可能性があります。ただし、採用時に役職等の職種の限定がない場合には、直ちに解雇とするのではなく、能力に見合った降格処分等の解雇を回避する努力が必要なケースが多いでしょう。
解雇の有効性が問われた裁判例
解雇の有効性が争われた裁判例を紹介します。
事件の概要
経営コンサルティング会社にインスタレーション・スペシャリストとして採用され勤務していた従業員に対して、職務に必要な職務遂行能力を欠くとしてなされた解雇の効力を争われ、従業員から会社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認や解雇後の未払賃金等の支払いが求めた事案です。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
ブラウドフットジャパン事件(平成10年(ワ)第6384号 地位確認等請求事件 平成12年4月26日判決)
ポイント・解説
本判決においては、職務に必要な職務遂行能力を欠くとしてなされた解雇が、今後も当該従業員に雇用し続けることにより求められている能力や適格性を高める機会を与えたとしても、能力や適格性において平均に達することを期待することは極めて困難であるとして、就業規則が定める解雇事由に該当する判断されています。その判断過程において、解雇に至るまでに会社が従業員に対して職務を変更したうえでの雇用の継続を提案し、交渉を重ねたという経過についても評価された結果、解雇が有効と判断されています。
このように、能力不足による解雇については、労働契約の継続を困難とするほどの重大な能力の欠如・低下があることとともに、使用者として能力改善を講じたが改善の見込みがなかったことに加え、配転・降格等により雇用を維持する可能性を検討し提示したことなど、使用者が解雇を回避する努力をしたことが求められています。
なお、本件事案において、会社側は、従業員が外資系企業にISとして中途採用され、収入も高額であることなどから、終身雇用制の下で新卒者を雇用する場合とは異なり、ISとして被告が期待する一定の能力、適格性を備えていることが雇用契約の内容となっていることを前提として、本件就業規則に該当するかどうかが検討されなければならないと主張しています。
この主張の意味としては、上記5-1、5-2において記載した、職種や職位が特定され、期待される能力が明確な中途採用等の場合、新卒採用に比較して改善加納史枝や雇用維持努力の吟味は軽減され、当該職種・地位に求められる能力・適格性が欠ければ、解雇を緩やかに認めるべきという主張になります。
しかし、本件については、採用の際の説明等からして、中途採用の記者職種限定の従業員に求められる水準以上の能力が要求されているとは認められないと認定されているため、中途採用であるから解雇を緩やかに認めた事案ではありません。
このように、中途採用であるから形式的に緩やかに解雇が認めるわけではなく、専門性の高い職務・職位を特定しそれに見合った能力の発揮を期待して給与を支給して雇用されているケースに限り、緩やかに解雇を認める裁判例が相当数みられます。
よくある質問
能力不足や適格性を欠く社員に対する対応についてよくある質問に回答します。
改善の機会を与えたにも関わらず、再度重大なミスをした社員の解雇は認められますか?
一般的には、一度改善の機会を与えて再度重大なミスをしただけでは、改善の見込みが極めて乏しいと判断されるケースは少ないでしょう。
重大なミスの内容によっては、解雇が有効となることがないとは言えませんが、基本的には一度改善の機会を与えただけでは解雇が有効になる可能性は低く、度重なる指導を経ても改善の見込みがないといえる時に解雇が認められることになります。
試用期間中に能力不足であることが判明した場合、解雇することは認められますか?
試用期間は、解約権留保付きの労働契約と考えられており、労働契約である以上、客観的に「合理的な理由」があり、「社会通念上相当で」あることが必要です。
試用期間中は、通常の場合よりも広い範囲の理由で社員を解雇することが認められていますが、解雇のハードルは決して低くなく、試用期間中の能力不足の程度が著しく企業が指導したにもかかわらず改善の余地が見受けれられない場合には、雇止め(解雇)が有効となることがあります。
問題社員への対応がパワハラに該当するのはどのようなケースですか?
職場のパワーハラスメントとは、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素を全て満たすものをいいます。
そのため、業務上必要かつ相当な範囲の注意であれば、パワハラに該当することはありませんが、例えば、何度も大声で怒鳴る、厳しい叱責を執拗に繰り返す等により恐怖を感じさせる行為を取るとパワハラに該当してしまいますので指導教育の方法については注意が必要です。
社員の度重なるミスで会社が被害を被った場合、損害賠償を請求することは可能ですか?
社員の度重なるミスで会社が被害を被った場合、当該社員に対し、損害賠償を請求することもケースによっては不可能ではありません。ただし、「報償責任の法理」(報償責任の法理とは、利益を得ている者はその過程で他人の損害を与えた場合、その損害を負担すべきという考え方)から社員への損害賠償責任は一定の制限があります。例えば、会社が社員の活動により利益を得ておきながら、社員の軽微なミスによる損失を社員に負わせるということは許されません。
他方で、社員の重過失によって損失が生じたような場合には、会社に生じた損害を従業員に請求することは可能です。ただし、損害の公平な分担という見地から減額されることが一般的です。減額の幅は、社員が行った加害行為の内容や労働者の地位、労働条件などによって判断されます。社員の故意行為による被害(例えば、会社の金を横領した等)については、当然、全額の損害賠償請求が認められています。
再三注意しても勤務態度の改善がみられない社員を解雇する場合、解雇予告は必要でしょうか?
解雇予告手続は必要です。
能力不足であることを理由に、退職金を減額することは問題ないですか? 基本的には問題があります。
退職金が功労的な側面を有しており、懲戒処分に該当する場合に退職金を減額する旨の条項を就業規則に規定しており、かつ、功労を大きく減じてしまう背信行為があった場合に限って、退職金の減額が可能になります。
会社が問題社員に与えた改善の機会や、指導に関する記録は残しておくべきでしょうか?
上記4-1で記載したとおり、解雇は事後的な紛争が起こりやすいため、予め証拠を残しておくことが極めて重要になります。
問題社員への退職勧奨が違法となるケースについて教えて下さい。
退職勧奨は、あくまで社員に自発的に退職するように促すものです。
そのため、退職を長時間高圧的な態度で迫るなど不当な手段や態様などである場合には違法になります。
協調性の欠如を理由に懲戒責任を問うことはできるのでしょうか?
協調性の欠如に起因する社員の言動は、企業秩序を乱していると認められる場合も多く、その程度が著しい場合は懲戒解雇事由に該当すると判断できるケースもあります。
取引先からの社員の勤務態度について申入れがあった場合、解雇することは可能ですか?
取引先からの勤務態度の申し入れがあった場合に社員を解雇することは困難です。
ただし、当該申し入れについて、社員について始末書や報告書等を作成させて改善の機会を与えてもなお改善の余地がないといった場合には、解雇が有効になる可能性は高くなるでしょう。
社員の能力不足を理由に、職種を変更させることは認められますか?
雇用契約において職種が限定されていなければ、能力不足を理由に他の職種変更をすることは可能です。
職種を限定して雇用契約を締結している場合には、社員の同意がなければ、職種変更はできません。
この場合には、職種変更に社員が同意するか退職するか(退職勧奨)等を当該社員と協議する必要があります。
能力不足・適格性欠如を立証するにはどのような証拠が必要ですか?
営業成績や顧客のアンケートの評価・クレーム数など客観的に能力不足・適格性の欠如を立証する資料などが考えられますが、そのような資料がある業務ばかりではありません。
基本的には、能力不足や適格性欠如を示す事実が生じた場合に、その都度、口頭注意だけで済ませるのではなく、始末書・報告書などの書面を社員に交付して作成させるなどして証拠化しておくことが重要です。
また、このような書面を残すことが能力不足や適格性欠如の立証だけでなく繰り返し指導教育してきたが改善されなかったことの立証にも繋がります。
問題社員への適切な対応について、企業労務に強い弁護士がアドバイスいたします。
問題社員への対応に頭を抱えている企業のご相談は多く寄せられています。
これまで解説してきたとおり、、問題社員への対応は、解雇前の会社の行動が極めて重要です。解雇後、ご相談を受けることも多くありますが、適正な手続を踏んでいないことが殆どであり、もっと早く相談していただければと思うことが多々あるのが現状です。
問題社員への適切な対応を行うためには、初期対応の時点で、是非、労務管理に精通している弁護士法人ALGの姫路法律事務所にご相談いただくことをお勧めします。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)
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