
監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
- 残業代
固定残業代(みなし残業)という言葉を耳にしたことはありますか。
一定時間分の残業代を基本給とは別に支給する制度のことですが、就業規則や雇用契約書の規定やその運用方法を誤ると違法になるケースも少なくありません。
うちはみなし残業だからと言われて当然のように残業を続けている労働者の方々や、固定残業代込みだから残業代は出さなくていいと安心している使用者の方々は注意が必要です。
本記事では、固定残業代が違法となる5つの代表的なケースについて、弁護士の視点からわかりやすく解説します。
目次
固定残業代(みなし残業)が違法になる5つのケースとは?
固定残業代とは、企業が従業員に対して毎月の給与にあらかじめ一定時間分の残業代を含めて支払う制度のことで、みなし残業とも呼ばれることがあります。
この制度は、労働者にとって、実際に残業しなくても、毎月一定の残業代が支給されるため、月収が安定しやすいなどのメリットがあり、使用者にとっても、社員に「決められた時間内に終わらせる意識」を持たせるインセンティブになる、毎月の計算作業が軽減され、給与処理が効率化されるなどのメリットがあります。
このように、固定残業代の制度が正しく運用されている場合には、企業・労働者双方に一定のメリットがある制度ですが、以下の5つのケースでは違法になることがありますので注意が必要です。
①就業規則や雇用契約書に明示されていない
固定残業代は、労働時間と金額を就業規則や雇用契約書に明示し、従業員に明確に周知することが必要です。これらが明示されない場合、固定残業代が違法とされ(有効性が否定され)、会社が未払い残業代の支払いを命じられるリスクが高いです。
②固定残業代の金額が明確でない
固定残業代は、通常の賃金と固定残業代が明確に区分されている必要があります。
例えば、「月給30万円(固定残業代含む)」という記載では固定残業代の内訳・金額・時間数がわからないため固定残業代の制度は無効になります。基本給27万円とは別途月20時間分の時間外労働に対して固定残業代として3万円を支給すると規定するなど、何時間の残業時間に対して、いくらの固定残業代が支払われているのかが明らかにする必要があります。
③固定残業代を除いた基本給が最低賃金を下回っている
最低賃金は、固定残業代などの割増賃金を除いた通常の賃金部分に適用されるため、「基本給」が最低賃金以上でなければなりません。
会社側が「固定残業代込みで最低賃金を超えているから大丈夫」と考えている場合これは通用しません。最低賃金との比較が必要なのは「固定残業代を除いた基本給」のみですので、計算時は注意が必要です。
④固定残業時間が月45時間を上回っている
労働基準法では、「1日8時間、週40時間」の法定労働時間が定められており、これを超えて労働者を働かせるには「36協定」の締結が必要です。
もっとも「36協定」がある場合でも、特別な事情がない限り、時間外労働時間は「月45時間、年間360時間」が上限とされています。
そのため、固定残業時間が月45時間を上回っている場合は、労働基準法違反と判断されるため注意が必要です。
⑤規定時間を超えた分の残業代を支払っていない
固定残業代制において規定時間を超えて働いた場合は当然、追加で残業代を支払う必要があります。
例えば、「月20時間分の時間外労働に対して固定残業代として3万円を支給する」と規定されている場合、時間外労働が30時間であれば、当然、固定残業代のほかに10時間分の割増賃金を支払う必要があります。
使用者には、「うちはみなし残業だから残業代はない」と誤解している方もいますが、その考えは違法ですので注意が必要です。
固定残業代が違法と判断された場合の企業リスク
固定残業代が無効になると、会社は多額の未払い残業代の支払いを命じられる可能性があります。
固定残業代が無効と判断される場合、固定残業代は基本給の一部とみなされ、残業代は一切支払われていないことになりますので、全ての残業時間について本来の残業代を支払う必要があります。
また、未払い残業代の時効は、2020年4月の法改正により、当分の間 3年とされていますので、長期間遡って請求される可能性もあります。
さらに、「未払い賃金」に発生する遅延損害金の利率は、労働者が退職している場合に年14.6%となります。これは「賃金の支払の確保等に関する法律」第6条で定められており、労働者の保護を強化するため、民法上の法定利率よりもはるかに高い利率が適用されます。
その他、無効になれば、給与制度・契約書などの全面見直しが必要になり、管理コストが増大しますし、企業のイメージにも深刻な影響を及ぼすことがあります。
固定残業代制を正しく運用するために気を付けること
固定残業代性を正しく運用するためには以下の点に気を付けることが重要です。
- 何時間分かを明示(例:30時間)
- 残業代の金額を明示(例:45,000円)
- 超過分は別途支給する旨を明記し実際に支給する
- 雇用契約書や就業規則に明記する
- 制度の趣旨と内容を労働者に説明・周知する
固定残業代が違法と判断された裁判例
高知県観光事件
事件の概要最判平成6年6月13日判決(平成3年(オ)第63号:割増賃金等請求事件)
Xらは、タクシー業を営むY社にタクシー乗務員として雇用されていた者です。
Xらの勤務体制は、全員が隔日勤務であり、労働時間は午前8時から翌日午前2時まで(そのうち2時間は休憩時間)であった。
Xらに対する賃金は、タクシー料金の月間水揚高に一定の歩合を乗じた金額を支払うことになっており、Xらが労基法37条の時間外及び深夜の労働を行った場合にも、歩合給以外の賃金は支給されていなかった。また、この歩合給のうちで、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及ひ深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであった。
Xらは、時間外及び深夜の割増賃金が支払われていないとして、Y社に対して、午前2時以降の時間外労働及び午後10時から翌日午前5時までの深夜労働に対する割増賃金等の支払いを求めた。他方でY社は、歩合給には、時間外及び深夜の割増賃金に当たる分も含まれているから、Xらの割増賃金は支払い済みである等と争った。
裁判所の判断
裁判所は、「本件請求期間にXらに支給された歩合給の額が、Xらが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、Xらに対して労基法37条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり、Yは、Xらに対し、本件請求期間におけるXらの時間外及び深夜の労働について、労基法37条及び労働基準法施行規則19条1項6号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務がある」と判断しています。
ポイント・解説
この判決は、固定残業代が有効になるための要件として、固定残業代として支払われた歩合給には通常の賃金との「明確区分性」と通常の賃金と割増賃金の支払い対価という「対価要件」の必要性を示した重要な判例です。
固定残業代制の運用やトラブルでお悩みなら、企業労務に強い弁護士にご相談下さい。
固定残業代制は、労働者にとって、実際に残業しなくても毎月一定の残業代が支給されるため、月収が安定しやすいなどのメリットがあり、使用者にとっても、社員に「決められた時間内に終わらせる意識」を持たせるインセンティブになる、毎月の計算作業が軽減され、給与処理が効率化されるなどのメリットがあります。このように、固定残業代の制度が正しく運用されている場合には、企業・労働者双方に一定のメリットがある制度ですが、固定残業代制は、雇用契約書や就業規則に適切に規定して適切な運用ができれば、違法となる可能性があり、多額の残業代を請求されるリスクがあります。
固定残業代制の運用を間違えると上述したようなリスクやトラブルの可能性があります。お悩みがあればぜひ一度、企業法務に強い弁護士に相談下さい。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)
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