不利益変更の際、合意書の必要性と効力とは

姫路法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛

監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 所長 弁護士

  • 労働条件

会社の経営状態が悪化してきた等の事情で、雇用する従業員との間の労働条件を変更する必要がある場合もあります。そのような場合に、会社は勝手に従業員にとって不利な内容の労働条件に変更することができるのでしょうか。また、合意が必要だとして、それを合意書という形で書面に残しておく必要があるのでしょうか。以下では、これらの点について解説させていただきます。

労働条件を不利益変更する際に合意書(同意書)は必要?

従業員ごとに合意を得る「個別的合意」の場合

労働条件を不利益変更する際には、原則として、各従業員との間で合意が必要になります(労働契約法8条、9条)。そのため、この合意があったかどうかが後に裁判で争われる場合に備えて、合意書を取得しておく必要があります。

労働組合との合意を得る「包括的合意」の場合

労働組合との間で、組合員(従業員)の労働条件を不利益に変更する合意(労働協約)が締結された場合は、各組合員との間での合意は不要になるのでしょうか。
労働協約が締結された場合、原則として、その労働協約の基準に違反する労働契約の部分は無効になり、労働協約で定められた内容が新たな労働契約の内容となります(労組法16条)。つまり、原則として、各組合員との間での合意は不要です。ただ、例外的に、「同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたもの」である場合には、効力が及ばないとされ(最判平成9年月27日判タ 944号100頁)、合意が必要となる場合もあります。そのため、この例外的な場合には、合意書を取得しておかなければいけません。

不利益変更における合意書の効力とは?

不利益変更の合意があったかどうかが裁判で争われた場合、労働者と使用者との間の地位関係からして、当然に労契法8,9条の「合意」と評価されるわけではありません。特に、賃金や退職金に関するものである場合には、慎重に判断すべきとするのが判例(最判昭和48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁)の立場です。同判例は、「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく,当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして,当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも,判断されるべきものと解するのが相当である。」としています。
この判例に照らせば、合意書の存在は大きな意味を持つが、その合意書への署名押印の経緯、不利益の程度等によっては、効力を有さない場合もありうるでしょう。

合意書なく不利益変更を強行した場合のリスク

(1)労働協約による場合

上記最判平成9年月27日の判例からすると、当該労働協約を締結した労働組合の加入者からの訴訟リスクは少ないと考えられますが、加入者以外からは、個別的な合意を取っていない以上、不利益変更は認められないため、訴訟リスクは高いと考えられます。

(2)就業規則による場合

合意書の存在は、労契法10条の不利益変更の合理性の評価根拠事実となる反面、合意書なく不利益変更を強行した場合には、その点につき不利益変更の合理性を否定する事実となりうるため、訴訟で不利益変更の合理性が争われた場合には敗訴するリスクが生じます。
そのほか、労働組合がある場合には、争議行為や団体交渉が開始される可能性もあります。

不利益変更について合意書を取り交わす際の注意点

従業員に対して十分な説明が必要

署名押印の経緯によっては、合意が無効なものとなりうるため、従業員自ら検討し判断するために必要十分な情報を提供する必要があります。

強制や強要による合意は無効

強制、強要それ自体が犯罪行為となりうる他、民法96条の強迫に該当する可能性があることに注意すべきです。それらの会話が録音されていた場合には、不利な証拠となってしまいます。
また、賃金変更では、前記の最判昭和48年の法理が適用されることになりますが、強制や強要を行った場合には、「労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在」しないと評価されることになる点にも注意すべきです。

合理性のない不利益変更は認められない

就業規則による一方的な不利益変更が認められるのは、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を必要とするという就業規則の性質からくるものなので、不利益変更の合理性を基礎づける事情が存在する必要があります。

従業員から合意書が得られない場合の対処法

(1) 労働協約による場合

上でもお答えしたとおり、当該労働協約を締結した労働組合の加入者からの訴訟リスクは少ないため、「同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたもの」に該当しない場合には、合意書なしに変更しても問題はないと考えられます。この場合、特段の対処は不要です。
そのほか、加入者以外からの訴訟リスクも考えられるため、可能であれば交渉を継続して合意書を得るのが望ましいです。それでも、合意書が得られない場合には、経過措置を導入するなどして対応することで訴訟リスクを軽減させる方法もあります。

(2) 就業規則による場合

就業規則による不利益変更の合理性を判断する際、多数労働組合との交渉プロセスが重視されます。そのため、労働組合が存在する場合には、労働組合との合意を得るべく誠実に交渉すべきですし、労働組合との合意があれば、従業員からの合意書も取得しやすくなります。
労働組合が存在しない場合には、個別に対応する他ありません。各従業員に不利益変更の必要性を書類や面談で告知し、丁寧に説明する方法が考えられます。また、経過措置の導入などの譲歩の姿勢を見せることも検討すべきでしょう。
その他、場合によっては、変更解約告知を行うことが考えられる。変更解約告知について直接述べた最高裁判決はないため、変更解約告知が認められるかどうかの判断には注意を要するが、対処方法として有効なものとなりえます。

不利益変更において合意の有効性が争われた判例

(ア) 事件の概要

平成14年、原告Xらが勤務しているA信用組合は、経営危機のため被告Y信用組合に吸収合併され、A信用組合に在籍する職員の労働契約上の地位がY組合に承継されることとなった。そして、合併に際して、以下の通り退職金規程の変更(以下、下記①及び②の退職金の支給基準の変更を「本件基準変更」という。)がされた。

① 退職金額の計算の基礎となる給与額(以下「基礎給与額」という。)につき,旧規程では退職時の本俸の月額とされていたのに対し,新規程では退職時の本俸の月額を2分の1に減じた額とされた。
② 基礎給与額に乗じられる支給倍数(勤続年数に,定年等の事由による普通退職又は自己都合退職に応じた所定の係数を乗じて得られる数。以下同じ。)につき,旧規程では上限が定められていなかったのに対し,新規程では上限が55.5とされた。

そのほか、A組合で採用されていた厚生年金給付額の控除が、Y組合で新たに採用されることとなった。本件基準変更に際しては、AとY間で合併協議会が開催され、Xらに退職金一覧表が個別に交付された。また、合併に先立って、Xらが基準変更の内容及び新規定の支給基準の概要が記載された同意書が示され、署名押印したとの事情がある。
平成16年、Yは新たに別の信用協同組合と合併することとなり、その際、平成16年合併前の在職期間に係る退職金について、退職金額の計算に係る係数が退職事由に応じて異なる場合、自己都合退職の係数を用いることなど(以下、「平成16年基準変更」とする。)を記載した説明指示書が作成された。Xらはその指示書の「新労働条件による就労に同意した者の氏名」欄に署名をしたとの事情がある。
本件基準変更及び平成16年変更の結果、Xらの退職時、平成16年合併前の在職期間に係る退職金額が0円となった。そこで、XらはA信用組合の旧規程に基づく計算による退職金を請求し、訴えを提起した。

(イ) 裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

裁判所は、最判昭和44年判決の規範を妥当させ、判断を下しました。最判昭和44年判決の規範というのは、「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」というものです。
その上で、裁判所は、本件基準変更及び平成16年変更両方について、署名押印に至る経緯に触れて審理不尽を理由に高裁に差し戻しました。

(ウ) ポイント・解説

まず1つ目のポイントとしては、退職金債権放棄の意思表示に関する判例の考え方が、賃金及び退職金に関する労働条件の変更の合意の有無においても、妥当することになったという点に意義があります。労働者に不利益をもたらす意思表示の有無について、労働者の権利保護に配慮したものであり、今後、賃金及び退職金に関するもの以外の労働条件の変更についても、同様の考え方が及ぶとされる可能性もあると思われます。
2つ目のポイントとしては、同意書への署名押印といった行為があってもそのことのみで同意の存在を認定せずに、客観的事情を考慮して、同意の有無について判断したという点です。署名押印に先立ち開催された職員説明会で配布された資料には、「従前からの職員に係る支給基準と同一の水準の退職金額を保障する」旨が記載されていた。また、退職金が0円となる可能性があったとの事情がある。これらの事情から、「旧規程の支給基準を変更する必要性等についての情報提供や説明がされるだけでは足りず,…本件基準変更により管理職上告人らに対する退職金の支給につき生ずる具体的な不利益の内容や程度についても,情報提供や説明がされる必要があったというべき」としている。つまり、署名押印に先立って一定の錯誤を生む行動をした場合や、その不利益の程度が大きい場合には、より詳細な情報提供が求められるということになります。

労使トラブルを防ぐために適正な合意書案について弁護士がアドバイスいたします。

労働条件を従業員に不利益に変更することは、従業員にとって非常にナーバスな問題でもあるので、慎重に進める必要があります。そして、変更の方法も複数ある上、それぞれの方法によって「合意」の法的な位置づけが異なってくるため、どのような方法を採るべきか難しい問題です。企業法務に関する事件を数多く取り扱っている弊所の弁護士であれば、このような場合に少しでもご依頼者様のお力になれると考えています。お気軽にお問い合わせください。

姫路法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛
監修:弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 所長
保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:55163)
兵庫県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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