不利益変更の基本的な手続きの進め方と個別的合意、包括的合意について

姫路法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛

監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 所長 弁護士

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会社の経営状態が悪化してきた等の事情で、雇用する従業員との間の労働条件を変更する必要がある場合もあります。そのような場合であっても、会社は勝手に従業員にとって不利な内容の労働条件に変更することができません。以下では、従業員の労働条件を不利益に変更する場合に、どのような方法があり、どのように進めていくべきかをお伝えさせていただきます。

労働条件を不利益に変更する場合の方法

労働条件を不利益に変更する場合の方法としては、概ね、①労働者との個別的合意②労働協約の締結③就業規則の変更の3つの方法があります。まず、これらの3つの方法がどういうものかみていきましょう。

合意を得て不利益変更する方法

従業員個別に合意を得る「個別的合意」

労働条件の不利益変更は、労働契約の内容を変更するものである以上、契約の一般原則にのっとって、労働者との個別の合意によって行うことができます(労働契約法8条)。これは、従業員一人と会社との間で合意することを指しています。

労働組合の合意により労働協約を締結する「包括的合意」

労働協約とは、労働組合と使用者が労働条件等に関して締結する合意です(労働組合法14条)。労働協約に違反する労働契約の部分は無効になり、無効になった部分は、労働協約の基準の定めるところによることとなります(これを「規範的効力」といいます。)。これは、労働組合と会社との間で合意することを指しています。

組合員以外の合意の必要性について

また、労働協約は、原則として労働協約を締結した労働組合の組合員にしか効力が及びませんが、一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の4分の3以上の数の労働者がその適用を受けるに至ったときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者(非組合員)に関してもその労働協約が適用され、規範的効力が及ぶことになります(これを「一般的拘束力」といいます。)。
そのため、この要件を満たす場合、組合員以外の合意は不要です。

従業員や労働組合の合意が無効になるケースとは

もっとも、これらの「個別的合意」や「包括的合意」が無効となる場合があることに注意が必要です。

(1)「個別的合意」が無効となる場合

合意が明示されていた場合であっても、その意思表示が錯誤(民法95条)や詐欺、強迫(民法96)によるものであるとして、事後的に取り消されることがあります。特に、賃金等の重要な労働条件に関する不利益変更である場合には、労働者が内容を理解したうえで自由な意思に基づいて行われるものとなるよう慎重に進めなければなりません。
これを踏まえると、明示の合意がある場合であっても、それが賃金等の重要な労働条件に関する不利益変更についてのものである場合には、変更内容や変更を行う必要性等に関する具体的かつ明確な説明を労働者に行った上で同意を取得することで、不利益変更の手続きを適正に進めることができるでしょう。

(2)「包括的合意」が無効となる場合

朝日火災海上保険(石堂)事件等を踏まえると、労働協約の規範的効力は原則として肯定されますが、例外的に否定される場合もあります。どのような場合に否定されるかと言うと、同事件の判例は、「労働協約が締結されるに至った経緯、当時の経営状態、同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らせば、特定又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、その規範的効力を否定すべき理由はない。」と判断しています。この判例によると、例外的に否定されるかどうかは、労働組合内の意見集約・調整プロセスが公正なものであったかが吟味され、また、一部の組合員に特に不利益な内容である場合には、内容に著しい不合理性(変更の必要性と不利益の比較衡量)が無いかどうかを検討して判断されることになります。
そのため、一部の労働者に大きな不利益を強いることが想定される場合には、当該労働者の意見を反映させることや、経過措置などによって少しでも不利益を緩和するように検討することで、不利益変更の手続きを適正に進めることができるでしょう。

不利益変更の合意を得たら「合意書」を作成すべき?

もちろん、合意があったかどうかが後に裁判で争われる場合に備え、合意書を取得しておく必要があります。
もっとも、不利益変更の合意があったかどうかが裁判で争われた場合、労働者と使用者との間の地位関係からして、当然に合意があったと評価されるわけではありません。既に述べたように、特に、賃金や退職金に関するものである場合には、慎重に判断すべきとするのが判例(最判昭和48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁)の立場です。同判例は、「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく,当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして,当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも,判断されるべきものと解するのが相当である。」としています。
この判例に照らせば、合意書の存在は大きな意味を持つが、その合意書への署名押印の経緯、不利益の程度等によっては、効力を有さない場合もありうるでしょう。

従業員の合意を得ずに就業規則を変更する方法

使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできないのが原則です(労働契約法9条)。もっとも、不利益に変更する場合であっても、変更後の就業規則を周知させ、かつ、諸要素に照らして当該変更が合理的なものであるときは、労働者の合意を得ずに就業規則を変更することにより労働条件を変更することが認められています(労働契約法10条)。
そして、この合理性を判断するにあたっては、①労働者の受ける不利益の程度②労働条件の変更の必要性③変更後の就業規則の内容の相当性④労働組合等との交渉の状況⑤その他の就業規則の変更に係る事情、の5つの要素を総合的に考慮することによって判断することになります。
これらの5つの要素を総合的に判断することから、就業規則による不利益変更が認められるかどうかは、不透明性が高いことになります。そのため、あらかじめ、労働者の受ける不利益の程度に応じ、場合によっては、経過措置等によって不利益の程度を緩和する措置も検討するとともに、可能な限り、労働者への説明や協議、必要に応じて同意の取得を行っていくことがよいと思われます。

「個別的合意」「包括的合意」「就業規則の不利益変更の合理性」のない不利益変更をした場合の罰則

罰則はありません。もっとも、会社としては、これらの不利益変更が無効であること等を理由に訴訟提起されるリスクを負うことになるので、不利益変更の手続きを適正に進めるために事前に万全の対策を打っておく必要があるでしょう。

労働条件の不利益変更に関する判例

事件の概要

平成14年、原告Xらが勤務しているA信用組合は、経営危機のため被告Y信用組合に吸収合併され、A信用組合に在籍する職員の労働契約上の地位がY組合に承継されることとなった。そして、合併に際して、以下の通り退職金規程の変更(以下、下記①及び②の退職金の支給基準の変更を「本件基準変更」という。)がされた。
① 退職金額の計算の基礎となる給与額(以下「基礎給与額」という。)につき,旧規程では退職時の本俸の月額とされていたのに対し,新規程では退職時の本俸の月額を2分の1に減じた額とされた。
② 基礎給与額に乗じられる支給倍数(勤続年数に,定年等の事由による普通退職又は自己都合退職に応じた所定の係数を乗じて得られる数。以下同じ。)につき,旧規程では上限が定められていなかったのに対し,新規程では上限が55.5とされた。
そのほか、A組合で採用されていた厚生年金給付額の控除が、Y組合で新たに採用されることとなった。本件基準変更に際しては、AとY間で合併協議会が開催され、Xらに退職金一覧表が個別に交付された。また、合併に先立って、Xらが基準変更の内容及び新規定の支給基準の概要が記載された同意書が示され、署名押印したとの事情がある。
平成16年、Yは新たに別の信用協同組合と合併することとなり、その際、平成16年合併前の在職期間に係る退職金について、退職金額の計算に係る係数が退職事由に応じて異なる場合、自己都合退職の係数を用いることなど(以下、「平成16年基準変更」とする。)を記載した説明指示書が作成された。Xらはその指示書の「新労働条件による就労に同意した者の氏名」欄に署名をしたとの事情がある。
本件基準変更及び平成16年変更の結果、Xらの退職時、平成16年合併前の在職期間に係る退職金額が0円となった。そこで、XらはA信用組合の旧規程に基づく計算による退職金を請求し、訴えを提起した。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

裁判所は、最判昭和44年判決の規範を妥当させ、判断を下しました。最判昭和44年判決の規範というのは、「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」というものです。
その上で、裁判所は、本件基準変更及び平成16年変更両方について、署名押印に至る経緯に触れて審理不尽を理由に高裁に差し戻しました。

ポイント・解説

まず1つ目のポイントとしては、退職金債権放棄の意思表示に関する判例の考え方が、賃金及び退職金に関する労働条件の変更の合意の有無においても、妥当することになったという点に意義があります。労働者に不利益をもたらす意思表示の有無について、労働者の権利保護に配慮したものであり、今後、賃金及び退職金に関するもの以外の労働条件の変更についても、同様の考え方が及ぶとされる可能性もあると思われます。
2つ目のポイントとしては、同意書への署名押印といった行為があってもそのことのみで同意の存在を認定せずに、客観的事情を考慮して、同意の有無について判断したという点です。署名押印に先立ち開催された職員説明会で配布された資料には、「従前からの職員に係る支給基準と同一の水準の退職金額を保障する」旨が記載されていた。また、退職金が0円となる可能性があったとの事情がある。これらの事情から、「旧規程の支給基準を変更する必要性等についての情報提供や説明がされるだけでは足りず,…本件基準変更により管理職上告人らに対する退職金の支給につき生ずる具体的な不利益の内容や程度についても,情報提供や説明がされる必要があったというべき」としている。つまり、署名押印に先立って一定の錯誤を生む行動をした場合や、その不利益の程度が大きい場合には、より詳細な情報提供が求められるということになります。

不利益変更は慎重に進める必要があります。まずは弁護士にご相談下さい

労働条件を従業員に不利益に変更することは、従業員にとって非常にナーバスな問題でもあるので、慎重に進める必要があります。そして、変更の方法も複数あるためどのような方法でどのような手続きで進めるべきか、難しい問題です。企業法務に関する事件を数多く取り扱っている弊所の弁護士であれば、このような場合に少しでもご依頼者様のお力になれると考えています。お気軽にお問い合わせください。

姫路法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛
監修:弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 所長
保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:55163)
兵庫県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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