監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
従業員が労働組合に加盟しており、当該労働組合から団体交渉を申し入れられたという話は、よく耳にするかと思います。
それでは、すでに解雇した元従業員から団体交渉を申し入れられた場合、はたして会社はこれに応じる必要はあるのでしょうか。
今回は、解雇した元従業員からの団体交渉に応じる必要性とそのポイントについて解説します。
目次
解雇した元従業員からの団体交渉に応じる義務はあるか?
労働組合法7条2号は、使用者に対し、「使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと」を禁じています。
解雇した元従業員は、「使用者が雇用する労働者の代表者」に該当しないとも考えられますので、元従業員からの団体交渉に応じなくても労働組合法7条2号に違反しないように読めます。
しかし、解雇した元従業員は、解雇の有効性を争うために団体交渉を申し入れている場合があることを踏まえると、すでに解雇したという一事をもって、元従業員からの団体交渉の申入れに一切使用者が応じなくてもよいと考えるのは不当というべきでしょう。
したがって、解雇した元従業員からの団体交渉の申入れであったとしても、使用者は、基本的には団体交渉に応じる義務があると解されています。
解雇後に労働組合に加入した場合は?
解雇後に労働組合に加入した場合であっても、使用者としては、団体交渉の申入れがあれば、基本的には団体交渉に応じる義務がありますので、労働組合の加入時期が団体交渉に影響する可能性は低いでしょう。
正当な理由なく団体交渉を拒否するリスク
使用者が正当な理由なく団体交渉を拒否した場合、不当労働行為に該当することになります。
不当労働行為に該当する場合、労働組合は、労働委員会に対し、救済の申出をすることができます。
労働委員会から救済命令が出された場合、使用者は、救済命令に従う必要があります。
仮に、使用者が救済命令に従わなかった場合は、罰則が科されることになります。
また、仮に、使用者の不当労働行為によって労働組合や労働者個人が損害を受けた場合は、使用者が労働組合や労働者個人に対して損害賠償責任を負う可能性もあります。
使用者にとって、正当な理由なく団体交渉を拒否するリスクは大きいというべきでしょう。
解雇後、長期間が経過した場合でも応じなければならないか?
上記のとおり、基本的には、解雇後であったとしても、団体交渉の申入れがある以上、使用者はこれに応じる義務があるというべきです。
しかし、解雇から10年が経過した後に団体交渉を申し入れられた場合など、解雇後長期間が経過していた場合、そもそも、団体交渉の申入れは、信義則上合理的な期間内になされることが前提であると考えられますので、解雇後長期間が経過していたような場合は、団体交渉に応じなくても良いケースもあるでしょう。
ただし、団体交渉に応じなかった結果、不当労働行為として救済命令が出されるという可能性もありますので、団体交渉に応じるべきか否か悩まれているという方は、弁護士に相談することをお勧めします。
解雇後の団体交渉拒否が認められた裁判例
解雇後の団体交渉拒否が認められた裁判例として、三菱電機事件(東京地判昭和63年12月22日)を紹介します。
事件の概要
労働者は、転任命令を拒否したことを理由として、使用者に解雇されました。
労働者は、使用者の労働組合を通じ、使用者と多数回にわたって協議を行いましたが、平行線のまま協議が終了し、使用者の労働組合からは、組合員資格喪失の通知を受けました。
もっとも、労働者は、その後も転任命令に関する争いを裁判所で継続し、解雇から7年7か月が経過した後、新たな労働組合に加盟し、解雇撤回に関する団体交渉を申し入れました。
これに対して、使用者は、解雇撤回に関する事項はすでに協議済みであること、解雇から7年7か月という長期間が経過していること、転任命令に関して裁判所でも係争中であること等を理由として、団体交渉を拒否しました。
労働者は、使用者の対応が不当労働行為に該当する旨主張し、救済命令を申し立てましたが、労働委員会から棄却されたため、提訴に至ったというものです。
裁判所の判断
裁判所は、「解雇の効力に関して紛争が継続している限り、解雇からいくら時間が経過しても、その間にどのような事情があっても、これらとは関係なく、労働者の代表者は常に団体交渉を申し入れることができ、その反面として使用者には必ず申入れに応ずべき義務があると解するのは相当でない。
使用者が団体交渉を拒否しても、正当な理由がないと認められる場合でなければ不当労働行為とならないことは、労組法七条二号の規定から明らかであって、その意味では、団体交渉権も決して絶対かつ無制約のものではないからである。法律上、正当な理由のない団体交渉の拒否のみが不当労働行為となるのである。
それゆえ、解雇に関して裁判が係属中で紛争が継続している場合であっても、解雇からの時間の経過やその間の事情いかんによっては、解雇撤回を交渉事項とする団体交渉の申入れが合理性を欠き、使用者が右団体交渉を拒否したことに正当な理由がないとはいえない場合もあり得ると解される。
そして、正当な理由がないことの主張、立証責任は、団体交渉の拒否を不当労働行為であると主張する者にあるのであって、このことは労組法七条二号の規定の体裁に照らして疑いのないところである。」と判示しました。
ポイント・解説
上記のとおり、解雇後であったとしても、使用者としては、団体交渉の申入れには応じる必要はありますが、本判決では、解雇からの時間の経過の程度や団体交渉の申入れに至るまでの経緯など、事案に応じた個別具体的な事情によっては、使用者が団体交渉の拒否をしても、正当な理由がないとはいえないと判断される可能性があるとしたところに意義があります。
なお、団体交渉の拒否に関する正当な理由の有無については、使用者側が団体交渉拒否の正当な理由があることの立証責任を負うのではなく、労働者側が団体交渉拒否の正当な理由がないことの立証責任を負うという判示も重要なポイントと言えるでしょう。
長期間の経過にやむを得ない事情があると拒否できない?
上記では、解雇から長期間が経過した場合は、使用者が団体交渉を拒否しても正当な理由があると判断される可能性があることについて解説しました。
他方で、解雇から長期間が経過した後、団体交渉の申入れがあった場合でも、個別事情によっては、使用者の団体交渉拒否には正当な理由がないとして、不当労働行為に該当すると判断されるケースもあります。
解雇後の団体交渉拒否が認められなかった裁判例
解雇後の団体交渉拒否が認められなかった裁判例として、日本鋼管事件(最判昭和61年7月15日)を紹介します。
事件の概要
労働者Xは、自身の解雇から6年10か月後に、労働者Yは、自身の解雇から4年5カ月後に、それぞれ会社に対し、解雇等について団体交渉を申し入れました。
しかし、XとYは、4年以上も前に従業員としての資格を失っており、裁判で係争中であったため、使用者が団体交渉の申入れを拒否しました。
これに対し、XとYは、使用者の団体交渉拒否が不当労働行為であると主張し、救済命令を申し立てました。
労働委員会は、使用者の団体交渉拒否について、不当労働行為であると認定しましたが、使用者がこの判断に不服があるとして、提訴するに至りました。
裁判所の判断
裁判所は、「本件の場合、解雇後Xは約六年一○か月、Yは約四年五か月経過後に、団体交渉の申入れをしているが、(証拠略)を総合すれば、右両名は、昭和五四年二月九日参加人全日本造船機械労働組合日本鋼管分会を結成し、同日参加人全日本造船機械労働組合に加入し、右参加人らは、同月一四日控訴人に団体交渉の申入れをし、その間右両名は解雇の効力を争って裁判所に労働契約上の地位の存在することの確認請求の訴を提起していたものであって、解雇後漫然とこれを放置していたものではなく、かつ、参加人らは、組合を結成し、又は、組合は加入してから直ちに右申入れをしていることが認められる。
日常の作業条件等から生ずる苦情については、これが発生したときから相当期間経過することによって、すでに解決の余地がないとか、或いは、祖当でないとして、時機を失するものもあろうが、解雇に関する問題はこれと同一に解することはできず、本件の場合、右認定事実のもとにおいて、解雇から団体交渉の申入れまで長期間を経過したとしても、これをもって、団体交渉の申入れが時機に遅れたものと言うことはできない」と判示しました。
ポイント・解説
日本鋼管事件判決においても、解雇から相当長期間が経過していることが考慮されること自体は否定されていません。
しかし、使用者の団体交渉拒否が認められた三菱電機事件とは異なり、日本鋼管事件においては、解雇に関する事項については、労働組合における団体交渉を経ていなかったという点も考慮し、団体交渉拒否の可否について判断しました。
団体交渉の申入れが解雇から長期間経過していたことをもって、直ちに団体交渉拒否が認められるわけではないということを判示したという意味で、本判決は重要な意義があるといえるでしょう。
解雇した元社員からの団体交渉に応じる際のポイント
使用者側としては、解雇した元従業員からの団体交渉に応じる場合、どのような点に注意して団体交渉に臨めば良いのでしょうか。
以下、団体交渉に応じる際のポイントについて解説します。
解雇を撤回する義務まではない
上記のとおり、使用者は、団体交渉が申し入れられた場合、誠実に交渉する義務を負っています。
しかし、誠実交渉義務は、使用者が労働者に譲歩して合意する義務までは含みません。
したがって、解雇に関して団体交渉の申入れがされた場合であったとしても、使用者側において、従業員の解雇について合理的かつ相当な理由があると判断して解雇したのであれば、それ以上譲歩する必要はありません。
不当な要求には屈しない
上記のとおり、使用者は、誠実交渉義務を負っているものの、労働者に譲歩して合意する義務までは負っていません。
したがって、労働者から団体交渉の申入れがあったとしても、その内容が不当な要求である場合は、使用者はこれに応じる必要はありません。
解雇理由をきちんと説明する
使用者が労働者を解雇した場合は、労働者に解雇理由をきちんと説明することが重要です。
労働者は、労働基準法22条に基づき、使用者に対して解雇の理由についての証明書を請求することができ、使用者は遅滞なくこれを交付する必要があります。
また、団体交渉においては、使用者側に誠実交渉義務があるので、使用者は、団体交渉の場で、労働者を解雇しなければならないと判断した理由について必要十分な説明を行う必要があります。
客観的な証拠を提示する
労働契約法16条は、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、かつ、社会通念上相当であると認められない場合は、解雇権を濫用したものとして無効とする旨規定しています。
そのため、使用者にとって、単に労働者が気に食わないとか、気が合わないといった理由で解雇することはできません。
解雇が有効であると主張ないし説明していくためには、労働契約に関する労働者の債務不履行が存在したことについて、例えば、成績不良であったことに関する資料、勤怠不良を示す資料、注意指導の履歴等に関する資料といった客観的な証拠を提示していくことが重要となります。
労働者の解雇を行う場合は、客観的な証拠を集められるだけ集めておきましょう。
金銭解決の可能性を見極める
上記のとおり、使用者は、労働者の不当な要求に屈する必要はありません。
他方で、労働者が裁判手続において解雇の有効・無効を争うというスタンスの場合、使用者としても、訴訟費用や弁護士費用など、本業とは異なるところで大きなコストがかかってしまいます。
本業とは異なるところで大きなコストをかけるのは、使用者にとっても望ましくない事態ですので、裁判手続へ移行した場合のデメリットを踏まえ、交渉段階で金銭での解決がどこまで可能かを見極めることも重要といえます。
解雇に関する団体交渉を弁護士に依頼するメリット
解雇の有効性に関する判断は、非常に難しいものですので、解雇に関する団体交渉は、弁護士といった労務の専門家に依頼することが重要といえるでしょう。
団体交渉を申し入れる労働組合は、当然のことながら団体交渉に慣れていますが、使用者側はそういうわけにはいきません。
しかし、弁護士に依頼すれば、当然団体交渉には慣れておりますし、使用者にとって不利益な事項に関しても適切な判断を下し、不当に使用者の利益が害されないよう交渉することも可能です。
使用者側は、労働者側から強い言葉で追及されるケースもありますので、弁護士に依頼すれば、上記のとおり、使用者の利益が守られることはもちろん、担当者の精神的な負担を軽減されるというメリットもあります。
元従業員との団体交渉が決裂したらどうなるのか?
団体交渉が決裂したとしても、使用者側としては、誠実交渉義務を遵守し、議論が平行線となった場合は特段問題ないので、今後は裁判所を通じて、労働審判や労働訴訟の中で主張立証を行っていくこととなります。
解雇撤回の団体交渉を求められてお困りなら、弁護士に依頼することをおすすめします。
解雇撤回の団体交渉を申し入れられた場合、やはり使用者のみで適切に対応することは極めて困難と考えられます。
団体交渉の参加者や場所、時間等について、労働組合の言いなりとなってしまうと、交渉を使用者側で主導することができなくなり、思ったように交渉を進められないといった事例もよく耳にするところです。
また、上記のとおり、団体交渉といった交渉事は、使用者側も慣れていないことの方が圧倒的に多く、団体交渉を自身で対応していくこと自体がストレスとなってしまうことも多々あります。
このように、団体交渉を使用者のみで対応することについては、それ相応のデメリットがありますので、団体交渉の経験のある弁護士に依頼し、団体交渉を進めていくことが良いものと考えます。
弊所には、団体交渉で経験を積んでいる弁護士が多数在籍しておりますので、解雇撤回の団体交渉を求められてお困りの方は、ぜひ一度、弊所へご相談ください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)
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