監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
離婚する際に養育費の金額等について取り決めたとしても、きちんと支払ってもらえる確率は低いというのが日本の現状です。そこで、支払いを確かなものにするために、公正証書を作成しておく方法が考えられます。
公正証書の作成には費用や手間がかかります。しかし、養育費は長期間に渡って支払われるお金なので、支払いが滞るリスクは低くありません。公正証書を作成しておけば、とても心強い書類になるでしょう。
この記事では、養育費について公正証書を作成しておくメリットや、記載しておくべき内容等について解説します。
目次
養育費を公正証書に残すべき理由とは
公正証書とは、公証人が作成する公文書であり、法的な証明力が高い書類であるため、養育費に関する取り決めについても作成しておくべきだと考えられます。
また、当事者だけで文書を作成すると、誤解を招くような文言を書いてしまいがちですが、公証人は法的なトラブルの生じにくい言葉を使って公正証書を作成してくれるため、余計な紛争が起こりにくくなります。
養育費に関することを公正証書に残すことのメリット
養育費について公正証書に残すと、争いを予防できたり、いざというときに債務名義として使えたりするといったメリットがあります。
これらのメリットについて、以下で解説します。
合意した条件について争いにくくなる
公正証書は、公務員である公証人の前で、内容について確認しながら作成します。そのため、「誤解があった」等の理由で争われにくく、トラブルを防止できる可能性が高いです。
また、法的に無効な合意をしてしまい、その合意に関する新たな紛争が生じるリスクがほとんどなくなります。
養育費の支払いが滞ったときに強制執行ができる
公正証書に「執行認諾文言」を付けると、強制執行を行う資格を証明する書類(債務名義)として用いることが可能になります。これは,養育費を支払えという判決と同様の効力を持つものです。そのため、養育費の支払いが滞ったときには、裁判を起こさずに強制執行を行うことが可能です。
強制執行では、相手方の預貯金等を、将来の分も含めて差し押さえることが可能です。また、給料については半分まで(給料が月66万円以上であれば、月33万円を差し引いた分まで)差し押さえが可能です。
財産開示手続きが利用できる
民事執行法が改正されたことにより、執行認諾文言付公正証書によって財産開示手続きが利用できるようになりました。財産開示手続きとは、強制執行を申し立てるために、債務者の財産を明らかにするための手続きです。
また,法改正によって、財産開示手続きに応じなかった場合や嘘を述べた場合には、6ヶ月以下の懲役刑または50万円以下の罰金刑に処せられるようになったため、改正前に比べて債務者が出頭して真実を述べることが期待できるようになり,利用するメリットが高まったといえます。
養育費に関することを公正証書に残すことのデメリット
養育費に関することを公正証書に残すためには費用や手間がかかるため、必ずしも手軽とは言えないという問題があります。
公正証書を作成するデメリットについて、以下で解説します。
作成費用がかかる
公正証書を作成するためには費用(公証役場に支払う実費)がかかります。加えて、弁護士に作成を依頼すれば弁護士費用も発生します。とはいえ、当事者だけで公正証書を作成しようとすると、公証役場に行っても相手方に翻意されるリスクが高まるため注意が必要です。
なお、公正証書を作成する費用は、支払われる養育費の総額に応じて、下表のように決められます。ただし、計算に用いる養育費の支払い期間の上限は10年とされていますのでご注意ください。
目的の金額(養育費の合計金額) | 公正証書作成の手数料 |
---|---|
100万円以下 | 5,000円 |
100万円超、200万円以下 | 7,000円 |
200万円超、500万円以下 | 11,000円 |
500万円超、1,000万円以下 | 17,000円 |
1000万円超、3,000万円以下 | 23,000円 |
3000万円超、5000万円以下 | 29,000円 |
5000万円超、1億円以下 | 43,000円 |
作成するのに時間がかかる
公正証書は、その場ですぐに作成してもらえるわけではなく、作成されるまでに時間がかかります。公証役場とやりとりしながら書面案を作ることになり,必要な期間として、当事者に争いがないケースで会っても1週間程度はかかると考えておくべきでしょう。また,書面案が出来上がったら終わりではなく,日程調整の上,公証役場にて自分と相手が立ち会って公正証書の実物(原本)の作成手続を行う必要があります。
なお、無効な合意等について公証人から指摘を受けると、新たな条件の交渉に発展し、余計な時間がかかるおそれがあります。
作成するのは夫婦で協力しなくてはいけない
公正証書は、当事者双方が公証役場に出頭し、作成してもらわなければなりません。そのため、激しく対立して離婚に至った等、相手のことを顔も見たくないほど嫌いになったケース等であっても、会わなければならないという問題が生じます。
この点について、弁護士に依頼することで、自ら公証役場に赴かずに済む場合があります。
あなたの離婚のお悩みに弁護士が寄り添います
養育費と公正証書の書き方
養育費について、公正証書を作成するときには、盛り込んでおくのが望ましい事項がいくつか存在します。
記載しておくべき事項について、以下で解説します。
毎月の支払額
毎月いくらの養育費を支払ってもらえるのかは重大な事項であるため、具体的な金額を公正証書に明記しておかなければなりません。
養育費を受け取る側としては、金額が大きいほど有利ですが、無理な金額を設定してしまうと相手方が労働意欲を喪失したり、減額を求める調停・審判を起こしたりするリスクが生じてしまいます。
妥当な養育費を設定できる算定表が存在するため活用しましょう。
養育費の支払日
養育費の支払日について、忘れずに具体的な日付を記載しましょう。例えば、「毎月25日」等の文言があると良いでしょう。
仮に「毎月支払う」とだけ記載すると、ある月には10日、ある月には30日といった具合に振り込まれるおそれがあります。そうなれば、お金を使う予定が立てづらくなりますし、相手方が振り込みを忘れるリスクも高まるので望ましくありません。
支払開始日
養育費は「請求した日」以降の分を受け取れるというのが一般的です。当事者が合意すれば、他の日を支払開始日にすることも可能です。
支払終了日
養育費は、成人するまで受け取れるとするのが一般的です。なお、法改正によって成人年齢が18歳になる予定ですが、現状では20歳までとする場合が多いです。
親権者が、大学を卒業するまでの養育費を求めるケースもありますが、相手方がなかなか受け入れてくれないことが多いです。解決策として、「大学への入学時に一時金を支払う」といった規定を設ける方法も考えられます。
支払方法
養育費を受け取る方法として、口座振込が一般的です。このとき、振込手数料について取り決めておかなければ、手数料が差し引かれた金額が入金されるケースがあります。
金額としては数百円程度であっても、毎月の振込によって、手数料を相手方の負担にした場合との差額が大きくなっていきます。振込手数料についても、忘れずに記載するようにしましょう。
養育費の変更について
養育費の金額等を決めて、公正証書を作成したとしても、失業や病気等によって事情が変わり、相手方が金額を変更したいと考える場合もあります。
このとき、相手方が養育費を踏み倒すことを考える前に、金額等の条件を再度協議するのが望ましいため、調停等を活用すると良いでしょう。
強制執行について
養育費の支払いが滞ったとき強制執行できるよう、公正証書に執行認諾文言を記載してもらいましょう。
具体的には、「債務者は、本証書記載の金銭債務を履行しないときは直ちに強制執行に服する旨陳述した」という文言が公正証書の末尾に用いられます。
一度公正証書に養育費のことを残したら、金額は変更できないのか
公正証書を作成したとしても、元夫婦の話し合いによって養育費を変更することが可能です。とはいえ、一旦決めた金額を後から変更することになるため、相手方は簡単には交渉に応じてくれないと考えるべきです。
しかし、一方または双方について、給料が大幅に増減した等の「事情の変更」があれば、養育費の金額は変更できます。まずは、相手方に交渉を求め、必要であれば調停を申し立てる等の手段を用いると良いでしょう。
よくある質問
養育費に関する公正証書を作成することに関連して、よくある質問について以下で解説します。
養育費について公正証書を作成したいのですが、相手に拒否された場合はどうしたらいいですか?
相手方が養育費についての公正証書の作成を拒否している場合には、強制的に作成することはできません。なぜなら、公正証書は双方の同意によって作成される書面だからです。
公正証書の作成を拒否されてしまった場合には、養育費請求調停を起こす方法が有効です。養育費請求調停によって作成される調停調書は、執行認諾文言付公正証書と同じように、強制執行をするための書類(債務名義)として利用することが可能です。
ちなみに、調停も相手方が合意しなければ成立しませんが、不成立に終わった場合であっても審判に移行することが可能です。
養育費の公正証書はどこで作成することができますか?
養育費の公正証書は、日本各地に300ヶ所ほど存在する公証役場で作成してもらえます。ただし、公正証書を作成してもらうためには予約が必要であり、突然訪問しても作成してもらえないので注意しましょう。
公証役場において、まずは当事者双方が公証人と面談し、指定された日時に出頭して公正証書に署名捺印します。
離婚の際に公正証書を作成したいのですが、養育費に関して書けないことなどありますか?
養育費についての公正証書に限らず、公正証書には法的に無効なこと、および公序良俗に反することは書けません。
そのため、例えば「養育費の支払いが遅れたら親権者を変更する」といった条項を記載することはできません。なぜなら、親権者は当事者の合意だけでは変更できないからです。
また、誤解されることが多いのですが、「養育費を受け取る権利は放棄する」といった条項を記載することはできません。これは、養育費を受け取るのは「子供の権利」であり、たとえ親であっても勝手に放棄できないからです。
ちなみに、平均的な収入や資産しかない相手方に、とても支払えないような巨額の養育費を支払わせる条項は、公序良俗に反するため記載できないと考えられます。
公正証書がないと養育費はもらえませんか?
公正証書がなくても、口頭で養育費を請求することや、話し合いの結果として振り込まれた養育費を受け取ることは可能です。ただし、相手方の良心に任せるような状態になるため、ある日、養育費が突然振り込まれなくなるといったトラブルに発展するリスクを抱えてしまいます。
公正証書でない書面としては、当事者だけで「離婚協議書」という書類を作成し、そこに養育費について記載しておく方法があります。「離婚協議書」があるだけでも、口約束よりは良いのですが、養育費が振り込まれなくなったときに強制執行を行うためには、裁判を起こす必要が生じてしまいます。
養育費の公正証書を作成する際は弁護士にご相談ください
養育費の公正証書を作成したい場合には、当事者だけで作成に臨まず、弁護士に相談することをおすすめします。
当事者だけで作成しようとすれば、公正証書の内容について協議するだけでも大変であり、ようやく合意に至ったとしても、土壇場で相手方の気が変わってしまい、作成できないリスクがあります。
専門家である弁護士であれば、協議によって妥当な結論に導けるだけでなく、多くの手続きを代わりに行うことができます。そして、不誠実な相手方を説得することにも慣れていますし、万が一のときにも調停等の代理が可能です。
大半の方にとって離婚は珍しい出来事であり、きちんと協議したつもりであっても、見落としている事項があるかもしれません。不安や煩わしい手続きから解放されるためにも、まずは弁護士にご相談ください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)