監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
交通事故の損害賠償請求において、「損益相殺」という言葉があります。
簡単に説明すると、交通事故に遭ってしまった被害者の方が、加害者に損害賠償を請求するときに、すでに加害者とは別のところから補償を受けている場合、その分を差し引いて加害者に請求する、というものです。耳慣れない言葉ですが、被害者の方が損害賠償を請求する際には、知っておく必要があります。
このページでは、損益相殺について、受け取っていると加害者への請求の際に減額されるもの、されないもの等、詳しくご解説します。
目次
損益相殺とは
損益相殺とは、被害者の方が加害者に対して損害賠償を請求する際、その交通事故によってすでに得ている分は、加害者に請求する金額から差し引くというものです。簡単に言ってしまえば、補償の二重取りを防ぐものであり、法律として明文化されているわけではありませんが、損害賠償を公平に行ううえで当然のものとして考えられています。
例えば、被害者の方が加入していた保険からすでに支払われた金額、加害者が加入している保険からすでに支払われた額、各種社会保険の給付などを受け取っていると、その分は、被害者に請求する際に差し引かれることになります。
受け取っていると損益相殺により減額されるもの
加害者に損害賠償を請求する際、すでに受け取っていると、請求できる額から損益相殺として減額されるものは上記になります。以下で、それぞれ詳しく解説します。
自賠責保険金・政府保障事業のてん補金
加害者が加入していた自賠責保険からすでに受け取り済の賠償金の分は、差し引かれます。
加害者が自賠責保険にも無加入だった場合、ひき逃げなどで加害者の特定ができない場合などは政府保障事業に損害を請求し、てん補(立替払い)されることになりますが、その分も差し引かれます。
支給が確定した各種社会保険の給付金
各種社会保険からの給付金も、受け取り済のものがあれば、その分が差し引かれます。具体的には、以下のようなものになります。
- 地方公務員共済組合法に基づく障害年金,遺族年金
- 労働災害補償保険法に基づく障害年金、遺族年金、遺族補償一時金
- 厚生年金法に基づく障害厚生年金、遺族厚生年金
- 国民年金法に基づく障害基礎年金、遺族基礎年金
- 国家公務員共済組合法に基づく障害厚生年金,障害手当金,公務障害年金,遺族厚生年金,公務遺族年金
- 介護保険法に基づく給付金
- 国家公務員災害補償法による療養補償,休業補償,傷病補償年金,障害補償年金,障害補償一時金,介護保障,遺族補償年金,遺族補償一時金,障害補償年金差額一時金
- 健康保険法に基づく療養費,傷病手当金など
所得補償保険金
所得補償保険とは、病気・怪我など、不測の事態で働けなくなったときに、なくなってしまった、あるいは減ってしまった分の収入を補償してくれる保険です。これに加入しており、すでに補償金を受け取っていると、その分は休業損害として相手方に請求することはできず、請求額から減額されることになります。
健康保険法に基づく給付金
交通事故に遭い、負傷のために働けなかった期間の収入は、通常は休業損害として加害者が加入している保険会社に請求しますが、相手方が支払いに応じない場合などは健康保険法に基づく傷病手当金の給付を受けることができます。この給付を受けていると、受け取った分は休業損害として相手方に請求できなくなります。
人身傷害保険
人身傷害保険とは、交通事故に遭った際、加入者自身が負った怪我について補償する保険です。加害者の対応が悪く,治療費の支払いに応じなかったり,慰謝料等の金額で揉めてなかなか示談が成立しなかったりする場合も,被害者の保険に人身傷害保険が含まれていれば,申請の上,加害者からの賠償に先立って給付を受けることができます。人身傷害保険により支払われた分は,基本的に損益相殺として差し引きされます。被害者の方にも過失がある場合は控除のされ方が変わってきますので、人身傷害保険に関しては弁護士へのご相談をおすすめします。
加害者による弁済
示談交渉、もしくは裁判で損害賠償の金額が決まる前に、加害者から直接お金を受け取っていた場合、一般的に見て相当な金額の見舞金や香典については控除されませんが,それを超える多額のお金を受け取ったときは,その分は損害賠償額から差し引かれます。
保険会社や弁護士などを通さずに加害者から直接お金を受け取る際には,事故の当事者同士のやりとりということで,トラブルにならないよう注意が必要です。
(亡くなった場合)生活費相当額
被害者の方が亡くなられた場合、その方が生きていれば得られたはずの収入を逸失利益として請求できますが、もし生きていればかかった分の生活費は不要になるため、その分は消極的な利益とみなされ、請求できる損害賠償金から相当する額が差し引かれます。
損益相殺により減額されないもの
受け取っていても、損益相殺として減額されないものもあります。
被害者の方が亡くなった場合に下りる生命保険金、労災保険の特別支給金(休業特別支給金,障害特別支給金,傷害特別年金,遺族特別年金、遺族特別支給金など)、雇用保険からの給付、生活保護を受給している場合の給付などがこれにあたります。
そのほか、代表的なものとして税金、加害者による香典や見舞金、子供が亡くなってしまった場合の養育費について以下で解説します。
税金
税法では、交通事故によって得た損害賠償金は、非課税所得と定められています。そのため、被害者の方が賠償金を受け取ってもそこから税金を支払う必要はありません。そして、最高裁判所の判例では、損害賠償額から税金相当額は控除しないとされています。
加害者の支払った香典・見舞金
加害者から被害者の方に支払われた香典やお見舞金などの分は、損益相殺として差し引かれることはありません。これは、加害者からの謝意を示し,被害者の被害感情を軽減する目的のものであり、損害を補うための弁済とはされないためです。
ただし、過去の裁判例では、「社会通念上相当額の」とされており,それを超える多額の金銭が支払われた場合は,損害の填補のために支払われたものとして損害賠償額から控除されることになっています。
子供が死亡してしまった場合の養育費
被害者の方が亡くなってしまった場合、その後にかかるはずだった生活費の分は損害賠償金から差し引かれるとご説明しましたが、子供が交通事故で亡くなってしまった場合、その後にかかるはずだった養育費の分については亡くなった子供が将来働いて得るはずだった収入などの逸失利益から損益相殺はされないという最高裁判所の判例があります。
持病により治療期間が長くなった場合は損益相殺される
被害者の方にもともと身体的・心因的な持病があり、それにより想定されるよりも治療期間が長引いた場合(例えば、もとから頚椎に持病を持っており、そのために交通事故による負傷が重症化し、本来ならば1ヶ月の通院で済む負傷の治療に2ヶ月かかった場合など)、その分は損益相殺される可能性が高いといえます。交通事故における損害は公平に分担するものであり、もともと被害者の方が患っていた持病による損害を加害者に負担させるのは公平ではないという考えによるものです。
ただし、どのような持病でも必ず損益相殺されるというわけではなく、示談交渉や裁判において争いになりやすい点でもあります。過去の裁判例では、被害者の方の持病による損益相殺を認めたものもあれば、認められなかったものもあります。
損益相殺についてご不明な点があれば、弁護士にご相談ください
ここまで損益相殺についてご説明してきましたが、そもそも聞き慣れない言葉であり、何が損益相殺されるのか、何ならば損益相殺されないのかというご判断は非常に難しいことと思います。特に人身傷害保険についてなどは、こちらから正しい主張をしなければ、本来受け取れるはずの賠償金よりも少ない額になってしまうこともあります。
弁護士法人ALGでは多くの交通事故案件をあつかっており、ご依頼者さまのことを第一に考え、アドバイスやサポートをさせていただきます。損益相殺についても、ご依頼者さまの利益を損なわないよう、経験豊富な弁護士が正しく判断し、相手方との交渉をいたします。
交通事故に遭ってしまい、損害賠償についての示談交渉でお悩みの方、相手方から損益相殺に関して指摘されたものの言われる通りにしてしまっていいのかわからない方など、お困りでしたらぜひご相談にいらしてください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)