監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
交通事故に関する示談交渉や民事訴訟では、「素因減額」について争いになることがあります。
素因減額は、“減額がなされる原因”と読み取れますが、交通事故ではどのように扱われるのでしょうか?
示談交渉や損害賠償請求をしていくうえで、素因減額について正しく理解していないと、結果的に損をしてしまうかもしれません。
ここでは、損害賠償額を大きく揺るがしかねない「素因減額」について解説していきますので、ぜひお役立てください。
目次
素因減額とは
「素因減額」とは、交通事故で被害者に生じた損害において、被害者が事故の前から抱えていた心因的要因、身体的要因などが損害の発生そのものに影響していたり、当該交通事故により発生した損害をさらに拡大させたりしたとき、それを考慮し、加害者から被害者に支払う損害賠償金を減額することをいいます。
持病や既往症、体質などが原因でひどくなったにもかかわらず、損害のすべてを加害者に賠償させるのは不平等であるという考え方から、現日本においては、交通事故における素因減額が認められています。
心因的要因について
心因的要因とは、うつ病やパニック障害などの既往症、極端に自己中心的であったり思い込みがひどかったりする特殊な性格、賠償神経症(損害賠償金を増額したいという無意識の思いから、過度な痛みを感じたり訴えたりするもの)などです。
しかし、交通事故に遭ってしまったら、ショックを受けたり、落ち込んだりしてしまうのは普通のことです。そのため、心因的要因における素因減額は、交通事故で通常発生し得る範囲を超えており、本人が訴えている自覚症状に対して他覚所見がなく、一般的とされる期間を超えて治療を続けたり仕事を休んだりしていた場合に限り認められるものです。
身体的要因について
身体的要因とは、事故前からの既往症や体質的疾患、極端な身体的特徴などのことをいいます。
よく問題になりやすい既往症としては、ヘルニア、脊柱管狭窄症、変形性頚椎症などがあげられます。
また、加齢による老化現象は、加害者側保険会社からは素因減額を主張されやすい要素です。ただし、裁判ではそれが年齢相応のものである限り、素因減額の対象とされないことが多くなっております。
身体的特徴については、通常より首が長く、頚椎が不安定だった被害者がバレリュー症候群と診断された事案において、裁判所は「疾患にはあたらない」として素因減額を否定しています(最高裁判所 平成8年10月29日第三小法廷判決)。ただし、同時に、極度の肥満など、日常生活において負傷しないように慎重さが求められるような事情がある場合は、考慮に入れるべきであるともしています。
保険会社から素因減額を主張されやすいケース
加害者側の保険会社は、被害者側に「既往症」としてなんらかの病歴があれば、交通事故による負傷との因果関係が医学的に説明できなくとも、素因減額を主張してくることがあります。
特に、争点になりやすいヘルニアなどは、医学的な検証なく主張されることもしばしばあります。
また、被害者が高齢だと、素因減額を主張してくるケースが多くみられます。脊柱管狭窄症などは加齢により発症しやすいものですが、それが一般的な加齢によるものであれば、裁判では素因減額が認められない可能性が高いです。しかし保険会社は、そのようなことを考慮せず、高齢者には否応なしに素因減額を主張してきます。
素因減額の立証について
立証するのは誰?
素因減額の立証責任は、素因減額を主張したい側、すなわち、加害者側にあるとされています。
素因減額により損害賠償額が減額されてしまうにもかかわらず、被害者側自らが素因について立証する必要はありません。
立証する内容は?
加害者側が素因減額を主張する際は、主に以下のことを立証する必要があります。
- 被害者の身体的・体質的または心因的な素因が、特徴の範囲に留まるものではなく、“疾患”であること
- 被害者の損害(怪我)の原因が、交通事故と疾患の両方であること
- 被害者の疾患により発生した損害を損害賠償額から減額しなければ、不公平であること
- 主張する素因減額の割合分の根拠(被害者の疾患の種類・程度、交通事故による怪我の部位・程度、それぞれの相関関係など)
損害賠償請求時に素因減額を争う場合の判断基準
相手方保険会社が素因減額を主張してきた場合、まずは相手方保険会社と話し合い(示談交渉)を行います。話し合いにより素因減額について解決できない場合は、民事裁判や交通事故紛争処理センター(ADR)で争うことになります。
その場合、素因減額が認められるか否かの判断基準は、主に以下のようなものになります。
- 交通事故の態様・大きさ
車両の損傷具合や事故現場の状況、損傷した衣服や備品などを参考とすることもあります。 - 受傷した怪我の部位、程度など
事故により拡大したのか、発症したのかなど、診断書や画像検査結果、写真、医師の意見書などを立証資料とすることが多いです。 - 既往症の有無(ある場合は、疾患の種類・程度など)
- 事故の程度に見合った治療内容・期間であるかどうかといった相応性
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
素因減額と過失相殺の順序
素因減額と過失相殺が重なる場合、損害賠償金はどのように算出されるのでしょうか?
一般的には、素因減額後に過失相殺されますが、素因減額が一部の損害賠償項目に限られるなど、事故の態様によっては例外的に扱われるケースもあります。
通常はどのように計算していくのか、具体的にみていきましょう。
素因減額と過失相殺の計算式
以下を例として、実際に損害賠償額を計算してみましょう。
【例】
損害賠償金 | 200万円 |
---|---|
過失割合 | 2割 |
素因減額 | 3割 |
一般的なケースとして計算しますので、①素因減額後に②過失相殺をしていきます。
①素因減額:200万円×0.7=140万円
②過失相殺:140万円×0.8=112万円
今回のケースで被害者が受け取れる損害賠償金は、112万円となります。
結果的に、素因減額と過失相殺で88万円が減額されることとなります。
素因減額についての裁判例
素因減額が認められた裁判例
【岐阜地方裁判所 令和3年4月13日判決】
<事案の概要>
自転車(被害者)と車(加害者側)の事故です。
右鎖骨遠位端骨折と右肩関節拘縮を負い、後遺症を含む損害賠償請求を主張する被害者側と、肩関節の拘縮は、被害者自身が慎重であり、安静期間が長くなったことによる主観的心因的要素によるものにすぎないと主張する加害者側で、素因減額が認められるかどうかが争点の一つとなった事案です。
<裁判所の判断>
裁判所は、本人尋問による供述態度からも被害者が通常以上に慎重な性格であることが表れており、被害者が医師から手術を勧められたにもかかわらず保存治療を選択したことや、被害者の治療に対する慎重かつ消極的な姿勢が、肩関節拘縮による可動域制限の後遺障害が残存した背景に相当程度影響していることは否定しがたいと判断しました。
とはいえ、被害者の傷害が鎖骨骨折という重傷であったことにも鑑み、素因減額として2割を減じるのが相当であるとしました。
素因減額が認められなかった裁判例
【名古屋地裁 令和 2年 6月29日判決】
<事案の概要>
自動車同士の追突事故で、被害者は、頚部挫傷、腰部挫傷の傷害を負いました。
争点の一つとして、被害者の第5腰椎の分離所見により、腰椎症の症状を遷延化しやすくする素因の有無をめぐり、素因減額が争われました。
<裁判所の判断>
たしかに、第5腰椎には分離を疑わせる画像所見が認められるものの、「腰椎分離症」と確定診断を受けたわけでもなく、腰痛などの症状で通院していた事実も認められないことから、画像所見のみをもって人身損害額を減額すべき素因に当たるということはできないと判断し、素因減額を否定しました。
素因減額に関してお困りの場合は、弁護士にご相談ください
素因減額は、受け取れるはずの損害賠償金が減額されてしまうといった、被害者にとっては非常に関心のある事項です。交通事故の被害に遭ったにもかかわらず、正当な賠償を受けられなくなるのは悔やまれることでしょう。
素因減額の立証責任は加害者側にあるため、加害者側が素因減額を主張した場合には被害者側は確かな根拠をもって反論しなければなりません。これをかなえるためには、交通事故にとどまらず、高度な医学的知見も求められますので、被害者自身で対抗するには限度があるでしょう。
ぜひ、交通事故事案の経験が豊富な弁護士や、医学博士の学位をもつ弁護士が在籍している弁護士法人ALGにお任せください。これまでの経験から蓄積したノウハウと、医学的知見を兼ね備えた法的サポートにより、被害者の方に代わって正当な主張・賠償請求に尽力いたします。
まずはご相談いただくことからでも構いません。ぜひ一度お問い合わせください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)