監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
交通事故に遭って負傷してしまい、入院や通院のために仕事を休んだり早退したりせざるを得なくなり、減ってしまった分の収入は、「休業損害」として、事故の加害者側に請求することができます。
では、仕事を欠勤したり早退・遅刻したりするのではなく、有給休暇を使用した場合、休業損害が発生したとして相手方に請求することができるのでしょうか。
この記事では、有給休暇を使用した場合の休業損害について、解説していきます。
目次
有給休暇を使っても休業損害は支払われる
「休業損害」とは、交通事故で負傷していなければ、本来は得られていたであろう収入が、事故による負傷のため、得られなかったという損害のことをいいます。治療などのため、仕事を欠勤した日はもちろん、有給休暇を使用した日に対しても、休業損害は補償されます。
有給休暇は、被害者にとって財産的価値があり、交通事故に遭ったことでそれを使用せざるを得なかったということは、事故がなければ使うことがなかったといえるからです。例えば、事故の被害者が治療のため、残っていた有給休暇をすべて使用してしまうと、その後は使いたいときに有給休暇を使えず、休めば欠勤となり、収入が減ることになってしまいます。以上のような理由で、有給休暇の使用も休業損害の補償の対象となっています。
半日だけ有給休暇を使った場合も休業損害は請求可能
通院などのために有給休暇を半日分だけ使用した場合でも、その分を相手方に休業損害として請求することが可能です。丸一日ではなく半日でも、その分の有給休暇が消化されていることには変わりないからです。
休業損害は、まず一日あたりの基礎収入額を算出し、それに休業日数を掛けて計算しますが、有給休暇を半日使った場合は、一日あたりの基礎収入額の半分を損害額とします。
休業損害が認められないケース
ただし、消化した有給休暇がすべて休業損害として認められるわけではありません。
示談交渉や裁判の際にも争いになりやすいポイントなので一概には言えませんが、例えば「負傷による痛みで動けなかった」という場合に取得した有給休暇は休業損害として認められ得ますが、「痛みはあるが仕事はできる程度だった」という場合は認められないケースもあります。また、通院などで一日休んだ場合、「半日で済んだのではないか」と相手方から主張されてしまうこともあります。
なお、会社で定められている夏季休暇、年末年始休暇などは、休業損害としては認められません。それらは交通事故と関係なく、元からあった休暇だからです。
有給休暇を使った場合に支払われる休業損害はいくら?
休業損害の計算方法は、自賠責基準、任意保険基準、弁護士基準(裁判基準)でそれぞれ異なります。任意保険基準は保険会社によって異なり非公開ですので、ここでは自賠責基準、弁護士基準の計算式を説明します。
自賠責基準も弁護士基準も、1日の基礎収入額に休業日数を掛けるという計算式は変わりません。ただし、自賠責基準では基礎収入額は6100円※と定められています。実際にはそれよりも収入が高い場合、上限を1万9000円として計算します。
弁護士基準では、事故前3ヶ月間の収入を、休日などを除いた実際に働いた日数で割って基礎収入額を算出します。
例として、事故前3ヶ月間の収入が90万円、働いた日数が65日、休業日数が25日、そのうち10日間を有給休暇として消化した場合の休業損害を弁護士基準で算出すると、以下のようになります。
基礎収入額=90万円÷65日=13846円
13846円×25日=34万6153円
よって、この場合に請求できる休業損害額は34万6153円ということになります。
※自賠責基準は、令和2年4月1日に改定されました。それ以前に起こった交通事故の場合、旧額の5700円が適用されます。
休業損害の請求方法
休業損害を請求するには、「休業損害証明書」を、相手方が加入している保険会社に提出する必要があります。書類は相手方保険会社から送付されてきますので、勤務先の会社の担当者に記入してもらいます。たいていの場合、人事部や総務部に担当者がいますが、小さな会社で担当者がいない場合は、経理担当者等に記入してもらうことになります。
欠勤した日、有給休暇を使用した日、半日の有給休暇を使用した日など、それぞれ記入欄がありますので、事実どおりに記入してもらいましょう。
これに事故前年度の源泉徴収票を添付し、勤務先から相手方保険会社へ送付してもらうことで、休業損害の請求ができます。
有給休暇の取得と欠勤どちらが得か
交通事故による怪我の通院などで会社を休むとき、有給休暇を取得するのと、欠勤ではどちらが得か、疑問に思われる方もいるでしょう。
金銭的には、有給休暇を取得した方が得ということになります。有給休暇ですので、その日の分の給料は会社から支払われ、保険会社からもその日の分の収入が休業損害として支払われるからです。
ただし、当然のことですが、有給休暇を使用してしまえば残り日数は減ってしまいます。別の事情で必要になったときのために残しておきたい、と思われる方は欠勤を選んでもいいでしょう。あるいは、欠勤すると皆勤手当てがつかなくなってしまうなどの事情がある方は、有給休暇を使用するという選択肢もあります。
会社からは「有休を使うように」と言われるかもしれませんが、そのような義務はありませんので、ご自身の状況に応じて欠勤と有給休暇を使い分けてください。
有給休暇を取得するタイミングに注意
有給休暇を使用しても休業損害は支払われると説明してきましたが、どんなケースであっても必ず支払われるというわけではありません。事故の負傷によって有給休暇を使用したという因果関係の証明が必要になるケースもあります。
例えば、週1回、定期的に通院しておりその日に有給休暇を使用していた場合などは問題ありませんが、通院が終わり、しばらく期間をあけた後、突然一日有給休暇を取得し、「この日は怪我の痛みがつらくて休んだ」と主張しても、本当にそうなのか、保険会社に疑われて休業損害が支払われない可能性があります。病院の領収書や明細書があれば怪我のために通院したと証明できますので、事後直後から時間があいているとき、定期的に休みを取得している以外の日などに休むときでも、通院しておくと安心です。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
休業損害と有給休暇に関する裁判例
有給休暇を休業損害として全額支給された判例
【東京地方裁判所 令和2年6月15日判決】
原告が運転する大型自動二輪と、被告が運転する大型乗用自動車(バス)が衝突したという交通事故です。被告バスが道路の右側にある車庫に入るため右折する際、反対車線から進行してきた原告二輪車と衝突しました。
この事故により、原告は右橈骨遠位端骨折、右尺骨茎状突起骨折、頸椎捻挫、左膝挫傷と診断され、入院・通院を余儀なくされました。
原告は治療のため、10日間の欠勤、14日間の有給休暇取得、11回の早退(3時間)をし、この分の休業損害を請求しました。
裁判所はこのすべてが交通事故による負傷の治療のためのものであると認め、被告の1日分の収入を1万6595円としたうえで、休業した日数を、欠勤10日+有給休暇14日+早退4.125日(3時間×11日÷8時間(原告の1日の労働時間))=28.125日とし、被告に46万6734円の休業損害の支払いを命じました。
有給休暇を休業損害として認めなかった判例
【大阪地方裁判所 令和2年1月30日判決】
原告が運転する原動機付自転車と、被告が運転する普通乗用自動車が衝突したという交通事故です。十字路となっている道路において、南東の角の歩道から車道に出ようとしていた原告車両と、東西道路の東行き車線から右折しようとしていた被告車両が衝突しました。
この事故により、原告は頚部捻挫、右手部打撲、右下腿打撲と診断されました。
原告は事故当日から症状固定日(それ以上治療を続けても良くならない状態と医師から診断された日)までのあいだに15.5日の有給休暇を取得しました。
しかし、原告の勤める会社では、1ヶ月に1回か2回の有給休暇を取得することが推奨されていました。よって、裁判所は、原告が取得した有給休暇すべてに交通事故と因果関係があるものとは認めず、事故の翌日と、通院記録が残っている5.5日のみ事故と因果関係があるとし、休業損害の請求は5.5日分のみ認めました。
有給休暇を取得した時の休業損害は弁護士にご相談ください
交通事故に遭い、ケガをしてしまったら、有給休暇を使うべきなのか、欠勤すべきなのかは悩まれるところだと思います。
以前は有給休暇を取得した日の休業損害について裁判で争われることもありましたが、最近では有給休暇を取得した日の休業損害の請求もほとんど問題なく認められています。
ただし、記事内で説明したように、有給休暇の取得と事故との因果関係が疑われ、相手方保険会社が休業損害の支払いを拒否するというケースもあります。
また、ケガの治療や痛みのために仕事を休みたいものの、欠勤と有給休暇、どちらが得になるかといった問題もあります。
交通事故の被害に遭い、有給休暇の使用でお悩みの場合は、ぜひ弁護士にご相談ください。
事故直後からご依頼いただければ、通院のしかたや、休みの取り方のアドバイスもさせていただきます。「このような事情で有給休暇を取得したいが、休業損害の請求は認められるだろうか」という疑問にもお答えいたします。
弁護士法人ALGでは、これまでに数多くの交通事故案件をあつかっており、ご依頼者さまに有利な結果を勝ち取ってきた実績があります。法的知識と交渉のプロであり、経験豊富な弁護士が、ご依頼者さまを誠心誠意サポートさせていただきます。交通事故の被害に遭い、お悩みやお困りのことがおありでしたら、まずはお気軽に、弊所までご相談ください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)