監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
本記事をご覧になっている方の中には、実際にDVを受けて悩まれている方も多いのではないでしょうか。
本記事では、DVの被害に遭っている方が身を守るための法的手段である「接近禁止命令」について解説していきます。
目次
接近禁止命令とは
接近禁止命令とは、被害者の生命又は身体に危害を加えられることを防ぐために、裁判所が、被害者の申立てにより、身体に対する暴力や生命等に対する脅迫を行った配偶者に対して行う保護命令のうち、1年間、被害者の住居その他の場所におけるつきまといや住居、勤務先その他通常所在する場所の付近の徘徊を禁止する命令のことをいいます。
違反した場合
保護命令に違反した場合、2年以下の懲役又は200万円以下の罰金という刑事罰が科されます(DV防止法29条)。
保護命令が発令された場合、裁判所書記官は、警察や配偶者暴力相談支援センターに保護命令が発令された事実やその内容を通知することとされていますので(DV防止法15条3項、4項)、保護命令の違反があったときは、すぐに警察等に通報し、身の安全を確保するようにしてください。
接近禁止命令が出る条件
接近禁止命令の要件は、①申立人が被害者(配偶者からの身体に対する暴力又は生命等に対し害を加える旨を告知して脅迫を受けた者)に該当すること、②配偶者からの更なる身体に対する暴力等により、生命又は心身に重大な危害を受けるおそれが大きいことと規定されています(DV防止法10条1項)。
DVで悩まれている方がいらっしゃる場合は、接近禁止命令の要件を満たすのかどうか、一度弁護士にご相談されることをおすすめします。
接近禁止命令以外の申し立てておくべき保護命令
保護命令には、被害者本人への接近禁止命令以外にも、以下の保護命令が存在します。
もっとも、以下の保護命令は、被害者本人への接近禁止命令の効果を確保するために発令されるものですので、被害者本人への接近禁止命令と同時に出るか、すでに被害者本人への接近禁止命令が発令されていることが前提となります。
電話等禁止命令
電話等禁止命令とは、被害者への接近禁止命令の効果を確保するため、1年間、以下の行為を禁止する命令のことをいいます(DV防止法10条2項)。
- 面会の要求(同項1号)
- 行動を監視している旨の告知等(同項2号)
- 著しく粗野又は乱暴な言動(同項3号)
- 無言電話、緊急時でないにもかかわらず連続して電話・FAX・メールで連絡すること(同項4号)
- 緊急時でないにもかかわらず午後10時~午前6時に電話・FAX・メールで連絡すること(同項5号)
- 汚物、動物の死体その他の著しく不快又は嫌悪の情を催させるような物の送付等(同項6号)
- 名誉を害する事項の告知等(同項7号)
- 性的羞恥心を害する事項の告知等(同項8号)
- 無承諾で位置情報記録・送信装置により記録等される位置情報を取得すること(同項9号)
- 無承諾で位置情報記録・送信装置の取付け等を行うこと(同項10号)
子への接近禁止命令
子への接近禁止命令とは、被害者への接近禁止命令の効果を確保するため、1年間、被害者と同居している成年に達しない子の住居、学校その他の場所において当該子の身辺のつきまとい、当該子の住居、学校その他その通常所在する場所付近の徘徊及び以下の行為を禁止する命令のことをいいます(DV防止法10条3項)。
- 行動を監視している旨の告知等
- 著しく粗野又は乱暴な言動
- 無言電話、緊急時でないにもかかわらず連続して電話・FAX・メールで連絡すること
- 緊急時でないにもかかわらず午後10時~午前6時に電話・FAXで連絡すること
- 汚物、動物の死体その他の著しく不快又は嫌悪の情を催させるような物の送付等
- 名誉を害する事項の告知等
- 性的羞恥心を害する事項の告知等
- 無承諾で位置情報記録・送信装置により記録等される位置情報を取得すること
- 無承諾で位置情報記録・送信装置の取付け等を行うこと
なお、当該子が15歳以上の場合は、子の接近禁止命令を発令するにあたって、当該子の同意が必要となりますので、ご注意ください。
親族等への接近禁止命令
親族等への接近禁止命令とは、被害者への接近禁止命令の効果を確保するため、1年間、被害者の親族その他被害者と社会生活において密接な関係を有する者(親族等)の住居その他の場所において当該親族等の身辺のつきまとい、当該親族等の住居、勤務先その他その通常所在する場所付近の徘徊を禁止する命令のことをいいます(DV防止法10条4項)。
なお、親族等への接近禁止命令を発令するにあたっては、当該親族等の同意が必要となりますので(DV防止法10条5項)、ご注意ください。
退去命令
退去命令とは、2か月間、加害者に対し、被害者と共に生活の本拠としている住居からの退去、当該住居付近の徘徊を禁止する命令のことをいいます(DV防止法10条の2)。
なお、退去命令は、被害者が申立てをする時点で、被害者と加害者が生活の本拠を共にする場合に限定されますので、ご注意ください。
接近禁止命令の申立ての流れ
これらの保護命令を裁判所から加害者に対して発令してほしいと思ったとき、どのような流れで申立てを行えばよいのでしょうか。
以下、解説していきます。
①DVセンターや警察への相談
まずは、接近禁止命令の申立ての準備として、各県に設置されている配偶者暴力相談支援センター(DVセンター)の職員や警察の職員に対し、DVの被害に遭っていることを相談するようにしてください。
接近禁止命令の申立てを行うためには、書面を提出しなければならず、その書面に記載しなければならない事項についても法律で定められており(DV防止法12条1項)その記載事項の中に、DVセンターや警察官への相談、援助・保護を求めた事実等が列挙されていますので(DV防止法12条1項5号)、申立てを行う際には、DVセンターや警察の職員への相談事項等を記載するようにしましょう。
相談実績がない場合
DVセンターや警察への相談実績がない場合、相談事項等を申立書に記載することができません。
そのため、相談実績がない場合は、加害者から暴力を受けた状況等の事項を記載した宣誓供述書を作成しなければなりません(DV防止法12条3項)。
宣誓供述書とは、記載内容が真実であると公証人の前で宣誓した上で署名捺印した証書のことをいい、作成するにあたって1万円程度の費用がかかってしまいます。
そのため、接近禁止命令の申立てを検討されている方は、申立前にDVセンターや警察への相談をするようにしてください。
②裁判所に申立てを行う
申し立てができるのは本人だけ
接近禁止命令の申立てを行うことができるのは、被害者本人のみとされています(DV防止法10条1項)。
そのため、被害者の両親などが被害者に代わって接近禁止命令の申立てを行うことはできません。
申立先
接近禁止命令の申立先は、①相手方の住所の所在地を管轄する地方裁判所(DV防止法11条1項)、②申立人の住所又は居所の所在地を管轄する地方裁判所(DV防止法11条2項1号)、③当該申立てに係る配偶者からの身体に対する暴力等が行われた地を管轄する地方裁判所(DV防止法11条2項2号)とされています。
必要書類
接近禁止命令の申立てには、以下の書類が必要です。
- 申立書2通(これとは別に、申立人用の控えも取っておくようにしましょう。)
- 証拠書類各2通(診断書、傷の状況や日付等が分かる写真、申立人本人作成の陳述書など)
- 戸籍謄本(申立人・相手方・子・親族)
- 住民票写し(申立人・相手方・子 マイナンバーの記載がないもの)
- 接近禁止の対象となる子の同意書2通(※子への接近禁止命令の申立てをする場合で子が15歳以上のとき)
- 接近禁止の対象となる親族等の同意書2通、親族等の戸籍謄本や住民票などの申立人との関係を証明する資料(※親族等への接近禁止命令の申立てをする場合)
- 同意書の署名押印が親族等本人のものであることが確認できるもの(印鑑証明書、学校への提出物等)
- すでに発令された保護命令謄本、過去に申し立てた保護命令申立書写し2通(※過去に保護命令を申し立てたことがある場合)
申立てに必要な費用
保護命令の申立てには、郵便切手や収入印紙の手数料が発生します。
郵便切手の金額は裁判所によって異なりますが、おおむね3000円程度、収入印紙は1000円分が必要です。
例)さいたま地裁:収入印紙1000円、郵便切手合計3168円(内訳:500円×3枚、290円×2枚、100円×4枚、84円×4枚、50円×4枚、20円×4枚、10円×4枚、5円×4枚、2円×4枚、1円×4枚)
③口頭弁論・審尋
保護命令は、原則として、口頭弁論又は相手方が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、発令することができません(DV防止法14条1項)。
裁判所は、即日か申立日に近接する日に申立人と面接し、その約1週間後、相手方の意見聴取のための審尋期日を指定することが多いです。
審尋期日では、申立書に記載された過去の暴力等の内容や現在の危険に関する事情等が聴取されることになります。
④接近禁止命令の発令
裁判所は、当事者双方に対して行った審尋の結果、事前に相談していたDVセンターや警察等の機関からの回答、申立人から提出された書証等を総合考慮し、保護命令の申立てを認容するか否かを判断します。
裁判所の決定は、申立書が受理された日から1週間~10日以内に発令されることがほとんどです。
なお、保護命令の申立てに対する裁判所の決定に不服がある場合は、即時抗告をすることができます(DV防止法16条1項)。
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接近禁止命令における注意点
発令されるためにはDVの証拠が必要
接近禁止命令が発令されるためには、上記のとおり、①申立人が被害者(配偶者からの身体に対する暴力又は生命等に対し害を加える旨を告知して脅迫を受けた者)に該当すること、②配偶者からの更なる身体に対する暴力等により、生命又は心身に重大な危害を受けるおそれが大きいこと、という要件を満たす必要があります。
そのため、申立人側で上記要件が満たされていることを裁判所に示さなければならず、暴力等の事実を裏付ける証拠は必要不可欠といえます。
DVの証拠としては、DVによって怪我を負った際の医師の診断書、怪我の状況や日付が分かる写真や動画、脅迫の事実を示すメールやLINE等のメッセージ、音声の録音等が挙げられます。
相手に離婚後の住所や避難先を知られないよう注意
接近禁止命令の申立てにあたって裁判所に提出が必要となる書類は、その写しが相手方に送られることになります。
そのため、申立人が現在の住所を相手方に秘匿している場合は、相手方と共に生活の本拠にしていた住居を記載する等の対応を取る必要があります。
また、証拠資料についても、現住所や勤務先などを秘匿している場合は、提出の際に該当箇所をマスキングする等の対応を取る必要があります。
これらの対応を取らずに裁判所に書類を提出してしまうと、申立人の現住所が相手方に知られてしまい、むしろ申立人の身に危険が迫る可能性がありますので、ご注意ください。
モラハラは対象にならない
接近禁止命令の要件は、上記のとおり、配偶者からの更なる身体に対する暴力等により、生命又は心身に重大な危害を受けるおそれが大きいこととされています。
そのため、相手方からモラハラを受けるなどして、申立人が精神的に被害を受ける可能性があるというケースでは、接近禁止命令の申立てを行うことはできません。
接近禁止命令に違反した場合の対処法
保護命令は、民事上の執行力を有しないとされていますので(DV防止法15条5項)、接近禁止命令に違反したとしても、加害者を強制的に接近させないようにすることはできません。
もっとも、接近禁止命令の実効性を担保するため、DV防止法は、接近禁止命令に違反した場合、2年以下の懲役又は200万円以下の罰金という刑罰を科すこととされています(DV防止法29条)。
そのため、加害者が接近禁止命令に違反した場合は、直ちに警察に通報するようにしてください。
保護命令が発令された場合、裁判所は、保護命令が発令された事実及びその内容を警察に通知することとされていますので(DV防止法15条3項)、警察に通報すれば、迅速な対応により、警察官によるパトロール、場合によっては加害者を逮捕・勾留することによって被害者の身の安全を確保することができるでしょう。
接近禁止命令に関するQ&A
接近禁止命令の期間を延長したい場合はどうしたらいいですか?
接近禁止命令の期間の延長を希望する場合は、再度、接近禁止命令の申立てを行う必要があります。
もっとも、再度の接近禁止命令が認められるためには、1回目の接近禁止命令と同様、配偶者からの更なる身体に対する暴力等により生命又は心身に重大な危害を受けるおそれが大きいという要件を、再度の申立て時点で満たす必要があります。
したがって、再度の接近禁止命令が認められるには、接近禁止命令期間中であるにもかかわらず接近行動があった等の事情があったかどうかが重要になるものと思われます。
接近禁止命令はどれくらいの距離が指定されるのでしょうか?
接近禁止命令は、申立人の住居等の場所においてつきまとう、勤務先等の付近を徘徊する等の行為を禁止するという内容にとどまります。
したがって、例えば、「申立人の住居から半径1km以内に近づいてはならない」というような具体的な距離が定められるものではありません。
離婚後でも接近禁止命令を出してもらえますか?つきまとわれて困っています。
DV防止法は、接近禁止命令の対象となる「配偶者」について、配偶者からの身体に対する暴力等を受けた後に、被害者が離婚をし、又はその婚姻が取り消された場合にあっては、当該配偶者であった者も含まれると規定しています(DV防止法10条1項柱書)。
したがって、配偶者からの身体に対する暴力等を受けた後に離婚したのであれば、離婚後でも、元配偶者に対して接近禁止命令が出る可能性があります。
DVで接近禁止命令を申し立てる際は弁護士にご相談ください
以上のとおり、本記事では、DV被害者のための制度である接近禁止命令の申立てについて解説しました。
接近禁止命令の申立てを検討されているという方は、現時点ですでに配偶者からの身体に対する暴力等を受けるおそれがあるという状況であると推察いたします。
このように危険な状況を打破するためにも、迅速に接近禁止命令の申立てを行うことを強くおすすめします。
1人で接近禁止命令の申立てを行うことについて不安に思われている方は、ぜひ一度弊所にご相談ください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)