監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
被相続人が借金まみれの状態で死亡した場合、相続に関して揉める可能性が高い共同相続人がいる場合などでは、被相続人の借金を背負ったり相続紛争に巻き込まれたりする事態を回避するため、相続人は相続放棄を行うことがあります。
しかし、相続放棄をしたとしても、ある相続財産を管理しなければならないといった管理義務を負っている場合があります。
以下、相続放棄をした相続人の管理義務について解説していきます。
目次
相続放棄をしても残る管理義務とは
相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産の管理と同程度の注意義務を負うことになります。
よって、相続放棄をした者は、相続財産について相続しないにもかかわらず、他の相続人が相続財産を管理するまで、自己の財産と同程度の注意をもってその相続財産を管理しなければなりません。
相続放棄しても管理費用と労力はかかる
このように、相続放棄をしても、相続財産を管理するため、管理費用や労力を費やさなければなりません。
法律がこのような義務を定めたのは、相続人全員が相続放棄をし、相続財産を管理しなくなったことで、第三者が損害を被る事態を避けるためです。
例えば、相続財産の中に、被相続人の自宅(築50年)があったとします。もし、相続人が誰ひとり管理をしなくなってしまうと、その自宅に見知らぬ誰かが住み着いて周囲の治安が悪化したり、老朽化に伴って自宅が倒壊し周辺の住人が損害を被ったりするおそれがあります。
もし、このような事態が生じてしまうと、損害を被った者は、相続放棄をした者に対して苦情を述べたり、ひいては損害賠償請求をされたりすることも考えられます。
このようなトラブルに巻き込まれないためにも、相続放棄をしたからといって安心せず、相続財産の管理を行いましょう。
管理義務の対象となる遺産
例えば、
- 空き家
- 空き地
- 農地
- 山林
などが挙げられます。
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管理って何をすればいい?管理不行き届きとされるのはどんなケース?
先ほど述べたとおり、相続放棄をした者が負う管理義務は、自己の財産の管理と同程度の注意をもって管理していれば問題ありません。
上記例(築50年の自宅)を用いていえば、誰かが住み着いたり老朽化して建物が倒壊したりしないように定期的に見回りを行う、倒壊するおそれがある場合には倒壊しないよう補強工事を行う、といった管理が考えられます。
逆に言えば、定期的に見回りを行わなかった、倒壊のおそれがあるにもかかわらず倒壊を防止する措置を講じなかった、といったことが認められる場合には、管理不行き届きとして、損害賠償請求をされる可能性があります。
管理義務は誰にいつまであるの?
従来の民法940条1項によれば、「相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意義務をもって、その財産の管理を継続しなければならない。」と規定されています。
よって、相続人であれば、たとえ相続放棄をしたとしても、次順位の相続人が相続財産の管理を始めるまで、管理義務を免れることはできないということになります。
管理を始めることができるようになるまでとは?
「その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで」とは、次順位の相続人に相続財産を引き継ぎ、その相続人が管理できる状態になるまでという意味です。
なお、後述のとおり、民法の改正によって、いつまで管理義務を負うのかが明確になりました、
民法改正の2023年4月1日以降は誰に管理義務があるのか明確になる
改正後の民法940条1項によれば、「相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九五二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。」と規定されています。
強調しているとおり、改正民法においては、相続放棄をした者のうち、その放棄のときに相続財産を現に占有していた者のみ、当該財産の管理義務を負うことになりましたので、相続人が実際に占有していない相続財産については、相続放棄をしても管理義務を負いません。
また、相続放棄をした者が管理義務を負う場合、相続人や清算人に対して当該財産を引き渡せば、その引き渡した相続財産の管理義務を免れることとなりました。
民法改正以前に起きた相続でも適用される?
改正民法は、2023年4月1日から適用されますので、同日以降に相続放棄をした場合には、改正民法が適用されます。
管理義務のある人が未成年、または認知症などで判断能力に欠ける場合
相続放棄は、判断能力を備えている方であれば単独ですることができますが、未成年者や認知症などで判断能力に欠ける方の場合は、単独ですることはできず、法定代理人や後見人等が本人に代わって行う必要があります。
そして、未成年者や認知症などで判断能力に欠ける方が相続放棄後に発生する管理義務を怠った場合、法定代理人や後見人等において代理人の責任が認められ、その損害を賠償する責任を負う可能性があります。
このような事態を避けるためにも、本人に代わって相続放棄を行った法定代理人や後見人等の方は、その後の相続財産の管理についても注意を払っておいてください。
管理義務のある人が亡くなった場合
相続放棄後の管理義務がある人が亡くなった場合、相続放棄者の相続人が管理義務を相続することはありません。
ただし、相続放棄者の相続人が未だに相続財産である不動産を次順位の相続人に引き渡しておらず、占有を継続しているような場合、当該不動産が倒壊して第三者に損害が発生したときは、土地工作物を占有するものとして、土地工作物責任というものを負うリスクがあります。
占有を継続するのであれば、土地工作物責任を負う事態を避けるためにも、当該不動産の管理をしておく必要があります。
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遺産の管理をしたくないなら相続財産管理人を選任しましょう
相続財産の管理には、費用や労力を費やす必要があります。
しかし、相続を放棄する方としては、相続財産の管理をしたくないと考える方も多いのではないでしょうか。
相続財産の管理をしたくないという方には、相続財産管理人(清算人)を選任することをおすすめします。
以下、解説していきます。
相続財産管理人とは
相続財産管理人(清算人)とは、その名のとおり、被相続人の相続財産を管理する人です。
相続人がいるのか不明であるときや、相続人全員が相続放棄をしたときには、相続に関する利害関係を有する者又は検察官の申立てにより、相続財産管理人(清算人)が選任されます。
もっとも、申立てをすれば必ず選任してもらえるものではなく、家庭裁判所が申立てを受けて内容を審理し、相続財産管理人(清算人)が必要だと判断される必要があります。
選任に必要な費用
相続財産管理人(清算人)の選任を申し立てる際には、収入印紙800円、連絡用の切手数千円、相続財産管理人(清算人)が清算を進めるための経費や報酬に充てられる予納金(裁判所によるが、大体30~100万円程度)が必要となります。
相続財産が十分あれば相続財産から予納金が返還されますが、相続財産が少ないときは返還されませんので、注意してください。
選任の申立・費用の負担は誰がする?
選任の申立てができるのは、上述したとおり、利害関係人と検察官です。
相続放棄をした者は、利害関係人に該当しますので、選任の申立てをすることができます。
なお、費用については、選任の申立てをした者が負担することになります。
相続財産管理人の選任方法
相続財産管理人(清算人)を選任するためには、まず、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に対し、相続財産管理人(清算人)の選任の申立てを行います。
家庭裁判所は、申立てを受けて審理を行い、被相続人との関係、相続財産の内容等を考慮して、相続財産管理人(清算人)を選任するかどうか、また、選任するとすれば、誰を相続財産管理人(清算人)として選任するか等を決定します。
なお、相続財産管理人(清算人)になるための資格は特にありませんので、申立人が相続財産管理人(清算人)の候補者を挙げることも可能です。
相続放棄をした財産に価値がない場合、相続財産管理人が選任されないことがある
上述したとおり、相続財産管理人(清算人)を選任するためには、予納金等の費用がかかります。
相続財産に価値があれば良いですが、相続財産に価値がない場合、予納金の返還を受けることができないので、相続放棄をしたにもかかわらず、予納金等の費用を無駄に支出してしまうことになります。
そのため、相続財産管理人(清算人)を選任しないことも十分考えられます。
管理義務に関するQ&A
相続放棄した土地に建つ家がぼろぼろで崩れそうです。自治体からは解体を求められていますが、せっかく相続放棄したのにお金がかかるなんて…。どうしたらいいですか?
家の解体は、法律上、処分行為に該当しうるものであり、家の解体をした相続人は、法律上、相続を承認したものとみなされます。
この場合、相続放棄が無効となり、相続の効果が発生してしまうリスクがありますので、相続放棄をしたいのであれば、家の解体は行うべきではありません。
もっとも、家の解体をしなかったことで倒壊してしまい、第三者に損害が発生してしまった場合には、損害賠償請求をされる可能性があります。
そこで、相続財産管理人(清算人)選任の申立てという方法をとることが考えられます。
確かに、場合によっては100万円ほどの予納金が必要となり、相続財産の価値によっては予納金の返還がなされないという事態も考えられますが、もし損害賠償請求をされた場合、損害が周辺の住人の家財にとどまらず、住人の生命や身体を侵害してしまったケースであれば、損害が数千万円になる可能性もあります。
したがって、損害賠償責任等を負担するといったリスクを回避したいのであれば、相続財産管理人(清算人)選任の申立てを行うことをおすすめします。
全員相続放棄しました。管理義務があるなんて誰も知らなかったのですが、この場合の管理義務は誰にあるのでしょうか?
相続人が全員相続放棄をした場合、相続放棄時に相続財産を現に占有していた者のうち、最後に相続放棄をした者が管理義務を負うことになります。
相続財産を現に占有していて、かつ、管理義務を免れたいと考えている方は、早めに相続放棄の手続を行うことをおすすめします。
相続放棄したので管理をお願いしたいと叔父に伝えたところ、「自分も相続放棄するので管理はしない」と言われてしまいました。私が管理しなければならないのでしょうか?
改正民法が適用されることを前提として、以下回答します。
上述したとおり、相続人が全員相続放棄をした場合、現に相続財産を占有している者のうち最後に相続放棄をした者が管理義務を負うことになりますので、叔父も相続財産を占有している場合には、後に叔父が相続放棄をしたとしても、管理義務は叔父に発生します。
また、叔父が相続財産を占有していないとしても、相談者が相続財産を叔父に引き渡せば、管理義務を免れることができます。
もっとも、叔父が相続財産を占有しておらず、相談者からの引渡しを受ける前に相続放棄をしたような場合は、相談者が引き続き管理義務を負うことになりますので、他の相続人に相続財産を引き渡すか、相続財産管理人(清算人)選任の申立てをして相続財産管理人(清算人)に相続財産を引き渡さない限り、管理義務を免れることはできません。
相続放棄したのに固定資産税の通知が届きました。相続しないのだから、払わなくても良いですよね?
固定資産税の課税の際には、課税者等を決定する時点で登記簿等に登録されている者を土地の所有者として扱います。
そのため、固定資産税の支払を免れるには、相続放棄をしたことを証する書面を役所に提出し、土地の所有者ではないことを知らせる必要があります。
これらの手続をせずに固定資産税を支払わなかった場合、相談者の財産を差し押さえられたり、気付いたときには高額な延滞金が課せられていたりする可能性がありますので、固定資産税の通知が届いた方は注意してください。
相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
相続放棄後の管理義務についての不安は弁護士へご相談ください
上述したとおり、相続放棄の管理義務は、誰がいつまで負うのか、どのようにしたら免れられるのかなど、一般の方ではなかなか対処が難しい面があります。
しかし、管理義務を怠った結果、多額の損害賠償を求められる可能性もありますので、放置するわけにもいきません。
弊所には、相続放棄の手続や相続放棄後の管理義務など、相続放棄に関する知識を有する弁護士が在籍しておりますので、相続放棄について不安な方は、ぜひ一度弊所へご相談にいらしてください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)