監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
相続人に大きな借金がある、相続人とは生前から疎遠で、財産もいらないし関わりたくない…などの場合には、遺産を相続するのではなく、相続放棄という方法があります。
目次
相続放棄とは
相続放棄とは、被相続人の遺産、プラス・マイナスいずれの財産についても相続を放棄し、受け継がないことです。相続放棄をすることにより、その相続人は法的に相続人ではなくなります。そのような効力を生じさせるものであるため、相続放棄をするには、裁判所に所定の申立て手続を行い、放棄を認められる必要があります。
相続放棄の手続き方法
相続放棄に必要な手続とその流れは、以下のようなものになります。
必要書類を集める
被相続人や申述人(放棄したい相続人)自身の情報など、相続放棄に関わる事情を記載した相続放棄申述書を作成します。また、被相続人の死亡や死亡時の住所などを証明するための添付書類として、被相続人の住民票の除票または戸籍の附票、被相続人の戸籍謄本、申述人本人の戸籍謄本などが必要になります。
これら住民票や戸籍等の書類は役場で取得します。相続放棄申述書は、家庭裁判所でもらえるほか、裁判所のホームページからダウンロードすることもできます。
家庭裁判所に必要書類を提出する
上記の必要書類が準備できたら、家庭裁判所に提出します。相続放棄の申述先(申請先)となるのは、被相続人の生前の最後の住所地を管轄する裁判所です。家庭裁判所の窓口に持参する方法のほか、郵送で提出することもできます。
いずれの場合も、手続に必要な収入印紙を相続放棄申述書に貼付し、予納郵券(各裁判所により必要な金額・枚数が異なります。)を添える必要があります。
家庭裁判所から届いた書類に回答し、返送する
相続放棄申述書の記載内容や戸籍等の添付書類の内容を踏まえ、裁判所としてさらに明確にしたいことがある場合、裁判所から申述人に相続放棄照会書・相続放棄回答書(2つの書類が一体となっていることもあります。)が送られてきます。申述人と被相続人の関係や、相続財産についての認識、相続に関する意向など、質問事項に回答して期限内に返送する必要があります。最初に提出した相続放棄申述書と添付書類を確認の上、裁判所が相続放棄を受理して問題ないと判断した場合、照会書等の送付が省略されることもあります。
返送期限内に回答書を送れない場合
裁判所の指定する返送期限までに回答書を送れない場合、裁判所の担当者に連絡し、期限までに返信することが難しい旨を相談すれば、期限を延ばしてもらえることがあります。そうした連絡もしないまま期限を過ぎてしまうと、相続放棄が受理されない、つまり認められないことになってしまう可能性がありますのでご注意ください。
相続放棄申述受理通知書が届いたら手続き完了
相続放棄が受理されれば、10日前後で家庭裁判所から相続放棄申述受理通知書が送られてきて、手続完了となります。この書類は相続放棄が受理されたことを示す証拠となり、無くしても再発行できないため大切に保管しなければなりませんが、手数料を払えば相続放棄申述受理証明書という、同じく相続放棄が受理されたことの証拠となる書類を発行してもらうことができます。
相続放棄の期限は3ヶ月
相続放棄の期限は、相続開始を知った日から3か月です。相続放棄に必要な相続放棄申述書等の書類の提出を3か月以内に行えれば、手続きの途中に3か月が経過してしまっても問題ありません。
3ヶ月の期限を過ぎそうな場合
3か月以内に相続放棄の申立ての手続きを行うことができなさそうな場合、相続の承認または放棄の期間の伸長の申立てを行うことで、期間を延ばしてもらえる場合があります。被相続人と疎遠だった、相続財産が多岐に渡るなどの理由で、相続を承認するか放棄するかを決定するのに通常よりも時間がかかってしまうのももっともであるという場合に、1~3か月程度、伸長が認められます。
3ヶ月の期限を過ぎてしまった場合
3か月の期限を過ぎてしまうと、通常、相続放棄は認められません。例外的に、期間内に相続放棄できなかったことにやむを得ない理由があるなどとして、3か月よりも後に申し立てた相続放棄が認められる場合もあります。期限内に相続放棄を行えなかった理由・事情をよく説明した上で、裁判所の判断を仰ぐこととなります。
相続放棄の申し立ては一度しかできない
相続放棄の申立ては一度しかできず、認められなかった場合には即時抗告という、裁判でいう控訴のような手続きもありますが、なかなか判断が覆るものではありません。相続放棄が認められる可能性を高めるには、専門家である弁護士に手続きを依頼した方が良いでしょう。
相続放棄が無効・取り消しになるケースがある
相続放棄が詐欺または脅迫による場合や、未成年者などの制限行為能力者が必要な同意なく行ったものである場合など、民法上の取消し事由が存在する場合、相続放棄をした人が裁判所に相続放棄の取消しを求め(申述)、それが受理されれば、相続放棄は取り消されることとなります。また、相続放棄が錯誤によるものである場合、上記の取消しの場合のような申述の手続はできませんが、訴訟の中で無効を主張し、認められるケースはあります。
後から財産がプラスだと分かっても撤回できない
一度相続放棄をしてしまうと、上記5のような取消しや無効が認められる場合を除き、相続放棄を撤回することはできません。たとえ後から負債よりもプラスの財産の方が多いと判った場合でも相続放棄を撤回することはできないため、相続放棄するかどうかは慎重に決める必要があります。
相続放棄は一人でもできるがトラブルになる場合も…
相続放棄をするか否かは相続人1人ひとりが決めることができ、手続もほかの相続人と一緒に行う必要はありませんが、下記のようなトラブルになる可能性もあります。
明らかに相続放棄したほうがいい場合
他の相続人と相続放棄についての話をしないまま自分のみが手続をし、一方で他の相続人が(相続放棄の制度を知らなかった、あるいは他の相続人もともに負債を負担してくれると思っていたなどの理由で)相続放棄をしないまま負債を受け継ぐことになってしまうと、トラブルになりかねません。プラスの財産は少ない一方で多額の負債があることが明らかである場合など、明らかに相続放棄した方が良いと思われる場合、他の相続人と話し合って全員で相続放棄することを検討すべきでしょう。
把握していない相続人がいる場合がある
相続放棄は個々の相続人が行えるため、相続財産が何か、相続人として誰がいるかを把握しないまま相続放棄をすることもできます。しかし、相続放棄をした後で多額のプラスの財産の存在が判ったり、自分の知らない相続人がいてその相続人が多額の財産を得たりすることもありえます。相続放棄をする前に、相続人間で連絡を取り合い、必要な調査なども行い、相続財産や相続人の範囲について正確に把握した上で相続放棄をするか否かを決定した方が良いでしょう。
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相続放棄後の相続財産について
相続放棄後も、以下のような財産の取得や管理が問題となります。
墓や生命保険など、相続放棄しても受け取れるものはある
生命保険は、受取人として被相続人以外の人が指定されている場合、その受取人固有の財産となり、相続財産にあたらないため、相続放棄をした場合でも生命保険を受け取ることができます。
また、お墓や位牌など、先祖を祀るための財産の承継(祭祀の承継)は、お金や不動産などの財産の相続とは区別されます。そのため、相続放棄をした人でも、祭祀の承継者としてお墓などを受け継ぐことはできます。
全員で相続放棄をしても家や土地の管理義務は残る
相続人全員が相続放棄をして相続人が誰もいない状態になっても、相続財産管理人という人が遺産の清算を行うまでの間、(元)相続人は相続財産を管理しなければなりません。民法には相続放棄をした相続人が、自分の放棄によって相続人となった者が相続財産を管理できるようになるまで自ら管理を継続しなければならない旨の規定があり(940条1項)、この規定により相続人全員が相続放棄をした場合も上記のような管理義務が残るのです。相続財産管理人は、被相続人の債権者などが選任を請求しない場合、相続放棄した(元)相続人が請求しなければ選任されないのが実情で、財産の管理義務から解放されるためには、(元)相続人自ら選任の請求を行う必要があります。
相続放棄したのに固定資産税の請求がきたら
固定資産税の納税義務者は、1月1日時点で課税台帳に登録されている者です。相続開始から相続放棄の受理までの間に年をまたいだ場合、相続放棄した元相続人は新年の1月1日時点では被相続人の法定相続人として当該不動産を所有していると推定される者として課税台帳に登録されている納税義務者にあたり、相続放棄はなされていてもその年の固定資産税の納付義務を負うことになります。
相続放棄手続きにおける債権者対応
相続放棄を検討すべき状況では、被相続人に借金があるため、債権者への対応を迫られることが多いですが、相続放棄の成否に関わる問題が起こりうるため、対応は慎重に行う必要があります。
「とりあえず対応しよう」はNG
被相続人の債権者から連絡があると、相続人として誠実に対応しなければならないと考える方が多いと思います。誠実に対応すること自体は正しいのですが、対応を誤って、たとえば相続財産の中から債務の支払いなどをしてしまうと、被相続人の相続財産を処分する行為にあたり、相続を承認した(単純承認といいます。)として、相続放棄ができなくなってしまいます。相続放棄を失敗しないためには慎重な対応が求められるため、「とりあえず対応しよう」ではいけません。
「利子だけ払っておこう」はNG
債権者から、「とりあえず利子だけでも払ってください」と言われるかもしれません。しかし、利子だけの支払いであっても、被相続人の相続財産を処分する行為があったとして相続放棄ができなくなってしまうことがあるため、うかつに応じてはいけません。
サインはしないようにしましょう
債権者から、何らかの書類を示され、サインしてほしいと言われることもあります。書類の内容によっては、その書類にサインすることが被相続人の相続財産を処分する行為にあたるなどして、相続放棄ができなくなってしまう可能性があります。サインを求められても、応じないようにしましょう。
遺産に触れないようにしましょう
相続放棄が認められるためには、被相続人の財産を処分するような行為をしないことが大前提です。遺産中の金品を自分のものにしないということももちろんですが、たとえば、債権者の方から、「住宅ローンの解約をしてくれれば、今の家に住み続けられるようにする」等言われることがあります。相続人がそのような被相続人の財産や権利義務関係に関わる一定の行為をしてしまうと、やはり財産の処分にあたり、相続放棄が認められなくなってしまうため、応じてはいけません。
相続放棄に関するお悩みは弁護士にご相談下さい
以上説明してきたように、相続放棄を行うにあたっては守るべきさまざまなルールがありますが、一方で被相続人の死亡に伴い遺族(相続人)らが対応を迫られることも少なからずあります。相続放棄手続自体のほか、相続放棄までの間の遺産の管理等についてどうすべきか、どのような行為なら対応してもいいか、してはいけないかについてなど、専門家でなければ判断の難しいことも多々あります。申立ての期限の問題もありますので、相続放棄をお考えでしたら、ぜひお早めに弁護士にご相談ください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)