監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
結婚していた夫婦が離婚する際には、婚姻期間中に共同で築いた財産(共有財産)をそれぞれに分ける「財産分与」が行われます。
これは、夫婦のどちらかが専業主婦(主夫)であっても変わりません。基本的に共有財産の2分の1を受け取る権利があります。
では、勤めていた会社を退職するときに出る退職金は、財産分与の対象となるのでしょうか。
この記事では、退職金の財産分与について、すでに支払われている場合やこれから支払われる場合、請求方法、財産分与において相手の退職金を仮差押する方法など、詳しく解説していきます。
目次
退職金は財産分与の対象になる?
財産分与とは、夫婦が婚姻期間中に共同で築いた財産を、離婚する際に分けるという制度です。
例えば妻が専業主婦で夫が会社員の場合でも、妻の支えがあってこそ夫が稼ぐことができていたと考えられるため、貯金した夫の収入等も財産分与の対象になります。そして、退職金は給料の後払いとしての性質があるものですので、財産分与の対象になります。
「共同で財産を築いていた」として財産分与の対象になるのは、結婚していて、かつ同居していた期間となります。
自己都合かどうかによる影響はあるか
退職金がすでに支払われている状況での離婚の場合、その金額分を婚姻期間などで割って計算します。ただし、自己都合退職か定年退職かでは退職金の額が変わりますので、当然、自己都合退職での退職金の財産分与の方が低額になります。
これから支払われる予定の退職金を財産分与する計算方法については、過去の裁判例でも見解が分かれています。
定年退職が近ければ、その時に支払われる退職金の金額を基準にして、財産分与の分を計算します。しかし、一般的には離婚時に自己都合退職したときにもらえると想定される退職金の金額を基準としており、もう支払われている場合、これから支払われる場合のいずれにしろ、自己都合退職あつかいの方が退職金の額も低くなり、財産分与でもらえる額も少なくなります。
また,定年退職の時期が離婚時よりも相当先であるという場合,定年退職の時期までその勤務先が存続しているか,またそれまで勤め上げられるかもわからないため,退職金がもらえるかは全く不確定であるとして,財産分与の対象外となることもあります。
退職金を財産分与するときの計算方法
退職金を財産分与するときの計算方法については、過去の裁判例でも分かれているところです。
以下、主に採用されている計算方法について解説します。
すでに支払われている退職金について
すでに支払われている退職金を財産分与する際の計算式は、比較的わかりやすいものとなっています。
退職金の総額から、結婚前に勤務していた期間の分に相当する金額を引き、それを2分の1にします。
【退職金 × 婚姻期間 ÷ 勤続年数 ÷ 2 = 財産分与の金額】
例えば、退職金が1000万円、勤続年数が25年、そのうち結婚していた期間が20年だとします。
退職金のうち、財産分与の対象になるのが、
【1000万円 × 20年 ÷ 25年 = 800万円】
800万円となります。財産分与は基本的に2分の1ずつ分けるものですので、さらにそれを2分の1にして、
【800万円 ÷ 2 = 400万円】
つまり、例の場合は400万円が、退職金のうち財産分与として相手に渡す金額となります。
まだ支払われていない将来の退職金について
まだ支払われていない、将来支払われる予定の退職金について財産分与する場合も、基本的に計算のしかたは<すでに支払われている退職金について>と変わりません。
退職金の額は、「離婚時点で自己都合退職したとして、退職金はいくらもらえるか」と想定して計算します。計算式は、
【離婚時に自己都合退職したとしてもらえる退職金 × 婚姻期間 ÷ 勤続年数 ÷ 2】
となります。
なお、婚姻期間中に別居していた場合は、【(婚姻期間 - 別居期間)】として計算します。
一方、定年まで働き、定年退職して退職金を受け取ると仮定する方法もあります。
この場合は、定年退職時の退職金を試算し、そこから結婚前と、離婚(別居)後の分を差し引きます。ここまでは、上記の計算方法と同じです。
定年退職時の退職金で計算する場合は、ここからさらに、中間利息を控除します。中間利息の控除とは、本来ならば将来もらえるはずのものを今もらうため、その分の利息を引くことをいいます。
退職金の請求方法
話し合い(協議)
まずは、夫婦で話し合い(協議)を行います。そもそも退職金を財産分与の対象とする意思があるのか、あるとすれば退職金はいくらくらいもらえる予定なのか、そのうちいくらを渡してくれるのか、はっきり聞いておきましょう。
別居の場合は、メール、LINEなど、送信したことが証拠として残るもので、財産分与として退職金を請求したい旨を伝えます。相手が話し合いに応じなければ、内容証明郵便を送ることも考えましょう。
なお、裁判では財産分与は2分の1ずつと定められていますが、お互いの同意があれば、話し合いで決める割合は自由です。
また、決めた内容は後々争いにならないよう、公正証書として残しておきましょう。「執行受諾文言」を記載しておけば、相手が支払ってくれなかったときに強制執行をできる可能性があります。
離婚調停での話し合い
話し合いで解決しない場合、家庭裁判所に調停を申し立てることになります。
調停では、調停委員の介入のもと、話し合いを進めて合意を目指します。財産分与について決めたい場合は、「離婚調停(夫婦関係調整調停)」で離婚に向けて話し合うと共に財産分与についても決めるか、すでに離婚した後ならば「財産分与請求調停」を申し立てることも可能です。
調停を申し立てるには、相手の住所を管轄している裁判所に、申立書、離婚時の夫婦の戸籍謄本、夫婦の財産に関する資料を提出します。
調停のあとは離婚裁判
離婚調停で話し合いがまとまらない場合は、離婚裁判を起こすことになります。
調停のように話し合いで合意を目指すのではなく、お互いに主張を行い証拠を提出し、裁判官が判断を下します。退職金の財産分与についても裁判官が判断しますので、相手の収入、退職金がもらえることの蓋然性(確実性の度合い)の証明、財産目録の提出など、証拠の提示が重要になってきます。
途中で和解となるケースもありますが、和解の内容もそれまでの主張と証拠の内容によって大きく左右さされます。裁判まで発展したときは弁護士へご依頼いただくことをおすすめします。
あなたの離婚のお悩みに弁護士が寄り添います
財産分与でもらえる退職金の割合
財産分与の割合は、基本的には2分の1ずつです。これは妻が専業主婦であっても、分与するのが退職金であっても変わりはありません。
ただし、特殊な事情がある場合、割合が2分の1から修正される可能性もあります。
例えば、夫婦の一方がひどい浪費をしていて共有財産から支出をしていた場合などは、割合が減らされることが考えられます。
反対に、夫婦の一方の職業が医師、プロスポーツ選手、大企業の代表取締役など、共有財産の形成に大きな寄与をしていたと考えられる場合は、割合が増やされることもあります。
退職金の仮差押
近い将来、夫に退職金が支払われることがほぼ確実でも、調停や裁判をしているあいだに支払われれば、その財産を隠されてしまったり、財産分与の前に使われてしまったりする可能性もあります。
そのようなおそれのあるときに有効なのが、「仮差押」です。
裁判所に仮差押の申立てをして認められると、相手は退職金が支払われても動かすことができなくなるので、使ったり、隠したりしてしまうこともできません。
なお、「仮差押」は、調停・裁判を起こす前や、途中に申し立てるものです。対して「差押え」は、調停や裁判などですでに支払い命令が出ているにもかかわらず支払わない相手に対して行うもので、強制的に持っている財産から支払わせます。
仮差押の方法
仮差押は、調停や裁判を起こす前、または途中に、地方裁判所に対して「仮差押の申立て」を行います。
申立ての際には、対象となる財産の詳細をこちらが明らかにしなければなりません。退職金の場合は、相手の勤務先、勤務開始時期、退職見込み時期、勤続年数などの情報が必要です。
まず、裁判官との面談が行われ、そこで「被保全権利」と「保全の必要性」を説明しなければなりません。「被保全権利」とは、仮差押によって守られるべき権利のこと(この場合は財産分与請求権)で、「保全の必要性」とは、なぜ仮差押が必要なのかという事情です。
仮差押が認められ決定が下されたら、「担保金」を支払う必要があります。担保金は特に問題が起こらなければ、調停や裁判が終わった後に返金されます。
仮差押は非常に有用な手段ですが、まだ話し合いができる段階なのに相手を頑なにさせてしまうなど、慎重さが必要でもあります。必要かどうかお悩みの場合は、弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
退職金についてのQ&A
夫が公務員の場合、退職が10年以上先でも財産分与してもらえる?
退職金が財産分与の対象になるかどうかは、退職金が実際に支払われる蓋然性(確実性の度合い)で判断されます。そのため、退職まで10年以上あると、財産分与の対象とはならないか、なってもごく少額しか得られないことがほとんどです。
しかし、公務員の場合は、一般企業のように倒産の心配などがないうえ、定年より早く退職することになってもある程度の退職金がもらえます。
そのため、夫が公務員の場合、退職金が財産分与の対象となる可能性は非常に高いといえるでしょう。
もらえる予定の退職金を財産分与で前払いしてもらうことは可能?
退職金が財産分与の対象となるかどうかの条件について、退職は何年先か、何年間勤続しているか、どのような所に勤めているかなど、法律で定められているわけではありません。
そのため、離婚時の年齢、勤続年数、会社の就業規則、退職金支給規定などから、個別の事情を考慮して判断されることになります。
まだ20代の若い夫婦で退職まで何十年もある場合などは財産分与が認められないこともあれば、20代でもすでに退職が決まっていれば退職金の財産分与が認められるケースもあります。
上述しましたが、例えば相手が公務員である場合などは、退職まで年数があっても退職金が財産分与の対象となる可能性が高いでしょう。
別居中に相手に退職金が出ていることがわかりました。財産分与できますか?
財産分与の対象は、夫婦が婚姻期間中、共同で築いた財産です。
この「婚姻期間中」とは「実質的に婚姻関係にあった期間」であり、つまり別居期間は含まれません。
ただし、別居中だからといって、まったく財産分与される可能性がないということはありません。別居中に相手に退職金が支払われていた場合は、別居期間の分が差し引かれ、婚姻関係にあった(=同居していた)年数分が、財産分与の対象になる可能性が高いといえます。
共働きの夫婦が離婚するときも退職金は財産分与の対象ですか?
夫婦共働きでも、退職金は財産分与の対象になります。
夫婦それぞれ退職金をもらっている,あるいはもらえる相当程度の見込みがあるのであれば,いずれも財産分与の対象となります。
また、まだ若い夫婦である場合や勤務先で定年前の退職について退職金支給が見込めない場合など、どちらかが専業主婦(主夫)であっても、共働きであっても、退職金が財産分与の対象にならない場合もありますので、ケースバイケースといえるでしょう。
退職金は財産分与の判断が難しいので、弁護士にご相談ください
夫婦が結婚している期間に貯めた預貯金、夫婦の収入から購入した不動産、美術品、車などは、すべて共有財産であり、財産分与の対象となります。
たとえどちらか一方が専業主婦(主夫)だとしても、離婚時にはその2分の1を受け取る権利があります。
ただし、退職金に関しては、財産分与の対象になるかどうか、離婚時に揉めやすいポイントでもあります。また、財産分与の対象となっても、相手が支払いたがらなかったり、受け取った退職金を隠したり使ってしまったりしてしまう可能性もあります。
相手の退職金を財産分与として得られるかどうかでお悩みでしたら、ぜひ弁護士にご相談ください。財産分与の対象になるかどうか、ご依頼者さまのケースではいくらもらえるのか等の判断もいたします。また、相手方との交渉はもちろん、調停や裁判になった際も、ご依頼者さまのために粉骨砕身、尽力いたします。もちろん、仮差押などの複雑な手続も、弁護士が代行いたします。
弁護士法人ALGには、離婚案件・男女トラブルを豊富に扱ってきた実績と経験があります。財産分与で共有財産を受け取るのは、正当な権利です。離婚の際、あるいは離婚前でも、お悩みでしたら、まず弊所までご相談ください。ご不安なお気持ちを少しでも和らげられるよう、お話を聞かせていただきます。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)