
監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
共同親権を導入する民法の改正案が、2024年度の国会で可決・成立しましたが、現時点(令和7年5月末時点)では、未だ施行されていません。そのため、現行民法では、離婚する際には、親権者を父母のいずれかに定める必要があります。
離婚協議、調停中に勝手に子供を連れ去ることや、離婚協議、調停が終了し親権者が定められた後、親権者とならなかった父又は母が親権者のもとから、子供を連れ去るといった問題が発生しています。
本記事では、上記のような「子供の連れ去り」問題について、詳しく解説していきます。
目次
子供の連れ去りとは
子供の連れ去りとは、配偶者または元配偶者との事前の合意なく、子供を移転させ、相手のもとに子供を返さない行為をいいます。
このような子供の連れ去り行為は、連れ去りの経緯、事情によっては、未成年者略取・誘拐罪(刑法第224条)が成立する可能性もあり、親権者を決める際に不利に考慮されたり、面会交流が認められなくなったり、不利に考慮される可能性もあるため、行うべきではありません。
子供を連れ去られた場合には、弁護士に依頼をした上で、子供を返してもらう法的な手続きを採ることをお勧めします。
次項より、「子供の連れ去り」問題の具体的な影響、裁判例、対処法について解説していきます。
子供の連れ去りは親権獲得に影響する?
監護実績は親権者の適格性を判断する上で実務上重視されます。
確かに、子供を連れ去ることによって、監護実績を積むことができるため、その後長期間子供を養育しているのであれば、子供の親権獲得のために有利に作用する可能性もあります。
しかしながら、従前から子供を監護養育に関与しておらず、今後も監護養育することができない状況にあるにもかかわらず、その子供の意思に反して連れ去ることは、親権者として不適格と判断される可能性が高く、親権獲得にとって不利に作用する可能性が高いといえるでしょう。
やはり、子供の親権を獲得したいのであれば、子供を連れ去って監護実績を作るのではなく、正当な手続きに則って、親権獲得のために行動すべきでしょう。
子供の意思で付いていった場合はどうなる?
確かに、監護者を決めるに際し、子供がどちらを監護者として希望しているかは重視されるとこです。
子供の意思に基づいて付いていった場合、子供の意思に反していないことから、子供連れ去ったとしても、親権獲得に不利に作用しないとも思えます。
しかしながら、子供の監護養育についての具体的な監護の方針や内容については、その子供の父及び母が決定すべきことです。
そのため、子供の監護者が決まっていない状況においては、他方の親の意見を聞かず勝手に子供を連れ去る行為は、子供を連れている親権者としての適格性がないと判断される可能性もあります。
したがって、子供についての監護者が決まっていないにもかかわらず、子供を連れていく行為はメリットよりもリスクが高いといえるので、やめるべきでしょう。
子供が連れ去られたときの対処法
子供が連れさられたときの場合には、相手を説得する等様々な対処法が考えられますが、法的手続きに基づいて子供を返してもらうことを請求するのが最も良い対処法といえるでしょう。
子供を取り戻すために採るべき手続については、家事審判によるべき場合など、子の引渡しをめぐる紛争の類型に応じて有効かつ適切な手続きを選択することになります。
日本においては、自力救済は原則として否定されているため、自らの力で連れ去られた子供を奪い返すことは、その後のトラブルを増やすことになるほか、未成年者略取・誘拐罪等の刑事責任を問われる可能性もありますので、行わないようにして下さい。
弁護士に依頼した上で、法的手続きをとって解決を図ることをお勧めします。
では、次項より具体的な子の引渡しを求める手続・方法について、詳しく解説していきます。
子の引き渡し調停(審判)
子の引き渡し調停(審判)とは、家事事件手続法に基づいて、子の監護者の指定、その他子の監護に関する処分として、子の引渡しを請求することができる手続をいいます。
子の引渡しについては、当事者の合意に基づく話し合いや調停で解決できる可能性がひくいことから、最初から審判を申し立てることが実務上多いです。
子の引渡しを求める審判の判断基準として、父母の諸事情や子の事情を総合的に比較衡量して、将来に向けて父母のいずれに子を監護させるのが子の福祉にかなうかを実質的に判断することになります。
審判前の保全処分(仮処分)
審判前の保全処分(仮処分)とは、前項で紹介した子の引渡しの審判を、申し立てた当事者は、本案審判の申立てとともに子の引渡しの仮処分を申し立て、仮処分命令を得て、子の引渡しを直ちに求めることができる手続をいいます。
この手続きをすることによって、家庭裁判所に対して、早急に解決すべき事件であることを意識させることができ、審理を迅速に行うことが期待されます。
また、子の引渡しの調停・審判が確定する前に、連れ去られた子供の引渡しを受けることができるため、有効な手続きです。
引き渡しに応じない場合は「強制執行」が可能
子の引渡しの調停・審判と審判前の保全処分(仮処分)が認められると、裁判所の判断ですから、子供を任意で引き渡すことが多いといえます。
しかしながら、子供を引き渡したくないという親の強い想いから、裁判所の判断に従わず任意で引き渡さない場合があり、その場合には、強制執行をして、子供の引渡しを求める必要があります。
強制執行の方法としては、「直接強制」と「間接強制」という2つの方法があります。
「直接強制」とは、子供がいる場所に、執行官が直接訪れ、子供を連れて帰って、申し立てた親に引き渡すという方法です。
「間接強制」とは、子供を引き渡さない親に対して、子供を引き渡すまで一日あたりの金額などを定める方法によって、心理的に圧迫し、子供の引渡しを強制する方法です。
事案にもよりますが、実務上、子供の引渡しに応じない場合には、「直接強制」を用いることが多いでしょう。
人身保護請求
人身保護請求とは、法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束されている被拘束者について、拘束から解放し、身体的自由を回復させることを請求する制度をいいます。
かつては、子供の引渡しについて、幅広く人身保護請求を用いていました。
しかしながら、人身保護請求について、裁判所が厳格に制限する解釈が示して以降、本手続の利用が減っており、子の引渡請求については、家庭裁判所での審判前の保全処分の申立てが選択されるようになっています。
人身保護請求は、迅速性・容易性・実効性の面で審判前の保全処分と比べ優れているため、「顕著な違法性」が認められる場合には、人身保護手続を選択することも視野に入れるべきでしょう。
人身保護請求については、弁護士がいることが前提であるため、弁護士に依頼をすることをお勧めします。
国際離婚における子の連れ去りと「ハーグ条約」
「ハーグ条約」とは、正式名称を「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」といい、ハーグ国際私法会議において採択された条約です。
平成26年4月1日以降、日本においても、「ハーグ条約」の効力が生じています。
日本の国際結婚の数・割合は増加傾向にあり、今後、日本においても国際的な「子供の連れ去り」問題は、増加することが予想されます。
「ハーグ条約」は、このような子供の福祉の観点から、子供の連れ去りを防止し、居住していた国に迅速に返還するための国家協力を定めたものであり、国を跨いだ「子供の連れ去り」問題を解決するために有効であるといえるでしょう。
子供の連れ去りを防止するための対策
子供の連れ去りを防止するため対策としては、予め、家庭裁判所に子の監護者指定の調停(審判)を申し立てることが重要になります。
監護者指定の調停(審判)を申し立てることによって、監護者に指定されれば、監護権に基づいて、子供を連れて別居することができるため、違法な子供の連れ去りにならず、その後のトラブルを予防することができると考えられます。
また、このような手続きをもうしたてることによって、もう一方の親は、子供を連れ去ろうとする気持ちを抑制させる効果も考えられ、子供の連れ去りを防止するための対策になるでしょう。
あなたの離婚のお悩みに弁護士が寄り添います
子供の連れ去りに関する裁判例
ご参考までに、裁判所が、子供の連れ去りについて、どのような判断を示しているかを紹介いたします。
【仙台高裁秋田支決平成17年6月2日】
【事案の概要】
別居中の夫婦のうち妻が公然かつ平穏に3名の子供を監護・養育していたところ、夫が、無断で3人の子供を連れ去り、監護下に置いたという事件です。
これを受け、妻は3名の子供の引渡しの審判を求めました。原審(青森家裁弘前支審平成17年3月31日)は、子供の引渡しを認めませんでしたが、本抗告審において、引き渡しを認める決定がなされました。
【裁判所が示した判断基準】
このような、妻が公然かつ平穏に、子の監護を継続していたにもかかわらず、夫が子を無断で連れ去るなど、違法に子供を監護下に入れた場合には、
夫に引き続き子を監護させる場合に得られる利益と妻に子を監護させる場合に得られる利益を比較し、前者が後者をある程度有意に上回ることが積極的に認められない限り、妻による子の引渡請求を認容すべき、と判断しています。
【裁判所の判断】
以下の事情を考慮して、妻の子の引渡しの申立てを認容しました。
- 妻は子供3名の監護について、公然かつ平穏に開始、継続されていたと認めることができる。
- 夫は、無断で子供3名を保育園から連れ去っており、このような態様を伴う違法性の高い連れ去りが許されないことは言うまでもない。
- 妻が子供と夫との面接交渉を控えていたのは、違法な連れ去りを追認することになることへの考慮であり、夫の行為の違法性を減少させるものではない。
子供の連れ去りについてのQ&A
子供の連れ去りは違法ですか?
子供の連れ去りを行う事情や背景にもよりますが、正当な理由がない場合には、基本的には違法と判断される可能性が高いでしょう。
例えば、①実力で連れ去るなど子供の意思に反して、子供を自らの元に移転する等の手段が相当でない場合や、②親権を獲得するためや自らの元で養育したい等の不当な目的で行われた場合には、違法と判断されるケースといえるでしょう。
これに対して、現在監護している親が子供を虐待していたり、養育する能力がなかったり、子供の福祉や養育の観点から不適切といえる場合には、正当な理由が認められ、例外的に子供の連れ去りが適法と判断される可能性もあり得ます。しかしながら、そのような場面は限られますので、子供を連れていくことには慎重になるべきでしょう。
妻が子供を連れ去りました。父親が親権を得るためにできることはありますか?
父親としては、監護者指定の審判や子の引渡しの審判を申立てとともに、審判前の保全処分(仮処分)を申立て、妻が子供を連れ去った状況について説明するべきでしょう。そのような事情を説明することによって、妻側の親権者として不適格であると判断される可能性があり、父親側が親権者として適格であると判断され、親権獲得に繋がります。
審判前の保全処分(仮処分)が認められると、仮処分命令を得て、仮に子供の引渡しを求めることができるため、監護実績を積むことができます。そして、本案である子の引渡しの審判が認められると、正式に子供を父親の下で監護することができるため、監護実績を積むことができ、子供の親権獲得にとって有利になるといえるでしょう。
連れ去られた子供を相手に黙って連れ戻しても良いでしょうか?
確かに、自分の子供であり、相手方が子供を連れ去っている状況を踏まえれば、黙って勝手に子供を取り返したくなる気持ちや腹立たしい気持ちは、とても理解できます。
しかしながら、黙って勝手に子供を連れ戻すことは未成年者略取・誘拐罪等の刑罰法令に抵触するリスクがあり、また、子供の健全な成長という観点からみても望ましい行為とは言えません。
また、親権者としての適格性があるにもかかわらず、子供を連れ戻すことは、裁判所の心証を悪くすることになりかねず、親権獲得にとって不利な結果に繋がる可能性があります。
上記のような状況にならないためには、相手方と子供の監護権や親権についての交渉を行い、同意の上で、子供の引き渡しをうけるか、同意を得ることが困難な場合は、監護者指定か子の引き渡しの審判を申し立てるべきでしょう。
面会交流時に子供を連れ去られたら親権も奪われてしまいますか?
面会交流時に子供を連れ去られたことによって親権を奪われることはありません。むしろ、面会交流といった、子供の健全な発達を促す場を妨害する行為は、連れ去った親が親権者として不適格であること示すものであるため、連れ去られた親側としては、親権獲得に不利に作用することはないと思われます。
しかしながら、子供が他方配偶者に連れ去られているにもかかわらず、放置していると、子供の監護実績が積み上げられることや、放置していることに親権者として不適格と裁判所に判断されうる可能性もあるので、子供の連れ去りが起こった場合には、すぐに警察や関係機関に連絡し、然るべき措置を取ることや、弁護士に依頼した上で、子の引渡しの審判などの法的手続きを採ることが必要となるでしょう。
子供の連れ去りに関するご相談は、経験豊富な弁護士にお任せください
子供を連れて別居を開始しようとしている方の中で、他方配偶者の了解を得ずに連れていって問題とならないのか不安を抱えている方もいらっしゃると思います。
他方で、勝手に子供を連れて別居されてしまった方の中で、これからどのように協議するのかを悩まれている方もいるかと思います。
離婚の際の親権者は、大切な子供の将来を大きく左右することですので、他方配偶者と十分に協議した上で決定していくべきことです。
他方配偶者と直接交渉することが怖かったり、直接交渉することができても正当な主張ができなかったりすることで泣き寝入りのまま終わってしまう方も多いと思います。
このような問題を抱えている方は、お気軽に弁護士法人ALGの姫路法律事務所の弁護士までご相談ください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)