監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
このページをご覧になっている方の中には、「遺留分」という言葉を知っている方もいらっしゃると思います。
遺留分は、「一定の相続人に法律上保障されている遺産取得の権利」というイメージをお持ちの方も多いと思いますが、実は、遺留分は放棄することができます。
遺留分を放棄する、又は放棄させることで、相続紛争を回避するという効果を得ることができます。
もっとも、被相続人の生前と死後で、遺留分放棄の方法が異なりますので、本記事では、相続放棄との違いも含めて、遺留分の放棄を解説していきます。
目次
「遺留分」は放棄できるのか?
遺留分がある相続人(遺留分権利者)は、遺留分を放棄することができますので、これによって相続紛争を回避するという効果が得られます。
しかし、被相続人であれば、遺留分を生前に放棄させるにはどうすればよいのか、相続人であれば、遺留分を放棄したい又は遺留分を放棄してほしいと被相続人から言われたときはどうすればよいのか、という疑問を持たれると思います。
そこで、このような疑問を解消すべく、遺留分の放棄について解説していきます。
そもそも遺留分とは
遺留分とは、一定の相続人に対して法律上保障されている、最低限の遺産の取得割合のことをいいます。
遺留分が認められるのは、被相続人の配偶者、子、直系尊属(両親や祖父母など)、子の代襲相続人(孫など)です。被相続人の兄弟姉妹には、遺留分が認められません。
相続人が直系尊属のみの場合は遺産の3分の1が、それ以外の相続人がいる場合には遺産の2分の1が、全体の遺留分となります。遺留分権利者の個別の遺留分は、その全体の遺留分に自身の法定相続分を乗じたものになります。
個別の遺留分が侵害された場合は、遺留分侵害額請求をすることにより、侵害された遺留分の額に相当する金銭を請求することができます。
遺留分とは遺留分放棄とは
遺留分の放棄とは、遺留分権利者が自己の遺留分を放棄することをいいます。
遺留分の放棄は、被相続人が亡くなる前でも亡くなった後でもできますが、後述するとおり、その手続の方法が異なります。
遺留分を放棄すると効果的なケースとしては、以下のような場合が挙げられます。
- 相続に関するトラブルをあらかじめ回避したい
被相続人が複数いる子のうちの1人に全財産を相続させたいと考えて遺言を作成した場合、他の子が相続する子に対して遺留分侵害額請求をする可能性が高いです。そうすると、自身の遺産をめぐって子どもたちが争うことになってしまいますが、被相続人としてはこのような事態を避けたいですよね。
そこで、被相続人が亡くなる前に、他の子たちに遺留分を放棄するようお願いし、遺留分を放棄してもらえれば、全財産を1人の子に相続させる旨の遺言を作成したとしても、遺留分を放棄した子らは遺留分侵害額請求ができませんので、争いを回避することができます。 - 被相続人の希望を尊重したい
相続人が遺留分を放棄しておけば、被相続人の遺言に従って遺産を分割することになりますので、相続人の一部が遺留分侵害額請求をしたために被相続人の意思に従った遺産分割ができなくなったという事態を避けることができます。
そこで、被相続人の希望を尊重したいという相続人の方も、遺留分の放棄が効果的といえます。
相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
遺留分放棄のメリット・デメリット
メリット
遺留分の放棄には、以下のようなメリットがあります。
- 遺留分に関する紛争を回避することができる
先ほども申し上げましたが、被相続人の遺言内容によっては、他の相続人の遺留分が侵害されてしまい、遺留分侵害額請求という形で紛争が生じてしまう可能性があります。
そのため、あらかじめ遺留分を放棄することで、相続人間の遺留分に関するトラブルが生じる可能性を排除することができます。 - 被相続人の意思(遺言)に基づく遺産分割をすることができる
こちらも先ほど申し上げましたが、遺留分を放棄すれば、被相続人の遺言内容によって相続人の遺留分が侵害されたとしても、遺留分侵害額請求をされることはありませんので、被相続人の意思に基づく遺産分割をすることができます。
デメリット
他方、遺留分の放棄には、以下のようなデメリットもあります。
- 遺留分の放棄をすると、遺留分権利者の代襲相続人も遺留分を請求することができなくなる
代襲相続人(孫など)は、被代襲者(子など)の地位を相続することになりますので、被代襲者が亡くなる前に被相続人の遺留分を放棄していた場合には、遺留分を放棄した被代襲者の地位を相続することになります。そのため、代襲相続人も被相続人の遺留分を請求することはできません。 - 遺留分の放棄は、基本的には撤回できない
この点については、後ほど解説します。 - 生前に遺留分を放棄させるためには、遺留分と同等の代償を用意する必要がある
この点についても、後ほど解説します。
相続開始前(生前)に遺留分放棄する方法
被相続人が亡くなる前に遺留分の放棄をする場合には、家庭裁判所の許可を得る必要があります。
無制限に遺留分の放棄を認めてしまうと、被相続人や他の共同相続人らに脅されたり無理強いされたりして、法律で保障されている遺留分という権利を不当に奪われる危険があることから、家庭裁判所の許可が必要とされています。
以下、家庭裁判所の許可を得て遺留分を放棄する手続の流れを解説します。
遺留分放棄の手続きの流れ
被相続人が亡くなる前に遺留分を放棄するための手続の流れは、以下のとおりです。
①被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に対して、遺留分放棄の申立てを行います。
なお、申立人や必要書類、費用等は下表のとおりです。
②家庭裁判所から、審問期日が通知されます。
③家庭裁判所で審問を受けます。
審問とは、家庭裁判所において、裁判官が申立人から事情を聴く手続のことをいいます。
審問では、遺留分権利者が自由な意思に基づいて遺留分を放棄しようとしているのか、遺留分を放棄する理由は何か、遺留分を放棄することの代償があるか等について裁判官から質問されます。
④家庭裁判所の許可の審判が出れば、その旨の通知がされます。
⑤遺留分放棄許可証明書を発行してもらいます。
遺留分放棄許可証明書があれば、遺留分を放棄したことを被相続人や他の共同相続人と共有することができます。
申立人 | 遺留分を有する相続人本人 |
---|---|
申立先 | 被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所 |
必要書類 | ・申立書(書式は裁判所のウェブサイトに掲載) ・被相続人の戸籍謄本(全部事項証明書) ・申立人の戸籍謄本(全部事項証明書) ・審理に必要な資料(土地財産目録、建物財産目録など) |
費用 | ・収入印紙800円分 ・連絡用の郵便切手(家庭裁判所によって異なる) |
家庭裁判所が遺留分放棄の許可を出す要件
家庭裁判所が遺留分放棄を許可する判断基準は、主に以下の3つです。
①遺留分の放棄が遺留分権利者の自由な意思に基づくものか
②遺留分を放棄する理由について合理性・必要性が認められるか
③遺留分の放棄と引換えの代償があるか
家庭裁判所が遺留分の放棄を許可するためには、上記①~③のすべてを満たす必要があります。
①本人の自由な意思に基づいているか
上記①は、遺留分権利者が自らの意思で遺留分を放棄しようとしている場合に認められます。
では、被相続人や他の共同相続人等から脅されて遺留分の放棄を強要され、遺留分権利者が遺留分放棄の申立てをしているような場合はどうでしょうか。
このような場合には、遺留分権利者が自らの意思で遺留分を放棄しようとしたとはいえませんので、上記①を満たさず、家庭裁判所の許可を得ることはできません。
②遺留分放棄をする合理的な理由があるか
上記②は、遺留分を放棄する理由について合理性・必要性がある場合に認められます。
したがって、この相続人が好き又は嫌い、といった感情に基づいて遺留分を放棄させようとする場合には、家庭裁判所の許可は得られません。
遺留分放棄の理由について合理性が認められやすいケースは、以下のような場合です。
- 被相続人が日頃から遺留分放棄者に経済的な援助を行っており、遺留分に相当する額の援助がすでになされている場合
- 遺留分放棄者の収入が安定している一方、他の共同相続人の収入が不安定であり、遺留分に関する将来的な紛争を予防する必要がある場合
③放棄する遺留分と同等の代償があるか
上記③は、遺留分を放棄することと引換えに、放棄される遺留分と同等の代償が与えられた場合に認められます。
同等の代償として認められやすいケースは、以下のような場合です。
- 遺留分放棄者に対し、遺留分相当の財産を生前贈与した場合
- 遺留分放棄者以外の共同相続人が被相続人の面倒を見ている場合
なお、遺留分の代償は、遺留分の放棄時に必要なわけではなく、放棄時よりも前に遺留分相当の財産を贈与していた場合でも、遺留分放棄の代償として認められます。
生前に書いた遺留分放棄の念書は有効か?
先ほど申し上げたとおり、被相続人の生前で遺留分を放棄する場合は、家庭裁判所の許可を得る必要があります。
そのため、被相続人の生前に「遺留分を放棄する」という念書を遺留分権利者が作成していたとしても、家庭裁判所の許可を得ていない以上、上記念書は無効であり、遺留分の放棄は認められません。
したがって、上記念書を作成した遺留分権利者は、被相続人の死後、遺留分侵害額請求をすることができます。
遺留分放棄を撤回することはできるか?
遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を得て行われるものですので、一度認められると、簡単には撤回できません。
もっとも、遺留分を放棄する前提となった事情について、遺留分放棄者が錯誤(簡単にいうと勘違いのこと)に陥っていたり、被相続人に強要されていたりしたことによって遺留分放棄の意思表示をしていたことが後に判明したような場合には、遺留分放棄を取り消すことができます。
なお、遺留分放棄を取り消すためには、家庭裁判所に対して遺留分放棄の許可の取消しの申立てを行い、家庭裁判所に職権で許可を取り消してもらう必要があります。
相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
相続開始後(死後)に遺留分放棄する方法
被相続人の死後に遺留分の放棄をする場合は、被相続人の生前に遺留分の放棄をする場合と手続が異なります。
被相続人の死後に遺留分の放棄をするときは、遺留分を侵害している者に対し、「遺留分を放棄する」という意思表示をすればよく、家庭裁判所に申し立てて許可を得る必要はありません。
もっとも、「遺留分を放棄する」という意思表示があったとしても、口頭でのやり取りにすぎず、書面にしていないような場合には、遺留分放棄の意思表示があったにもかかわらず遺留分侵害額請求をしてくる可能性がありますので、トラブルを防止するためにも、遺留分放棄の意思表示については書面を作成しておく方がよいでしょう。
遺留分放棄に期限はあるのか?
遺留分を放棄することについては、期限はありません。
他方、遺留分侵害額請求については、①遺留分権利者が、被相続人の相続の開始及び遺留分侵害の事実を知った時から1年、②被相続人の相続の開始時から10年という期限があります。
したがって、遺留分侵害額請求の期限が過ぎている場合には、遺留分の放棄の意思表示を待つまでもなく、遺留分が放棄されているのと同じ状況になります。
もっとも、①は、遺留分権利者の主観面が関係してくるため、客観的な証拠で遺留分権利者が相続開始等を知っていたと証明できる場合はともかく、客観的な証拠がない場合には、遺留分に関する紛争が生じてしまう可能性があります。
よって、紛争を予防するためには、②の期限が経過するまでは、遺留分の放棄の意思表示を書面で求めた方がより安全であると考えられます。
「遺留分放棄」と「相続放棄」の違い
遺留分放棄と相続放棄は、言葉が似ていて混同されがちですが、全く別物です。
相続放棄とは、プラスの財産やマイナスの財産を問わず、相続人が、被相続人の死亡によって開始される包括承継の効果を全面的に拒否する意思表示をすることをいいます。
相続放棄は、被相続人の相続開始後にしかできず、相続放棄をした場合には、最初から相続人ではなかったものとして扱われます。
これに対し、遺留分放棄は、すでに述べたとおり、被相続人の生前であっても死後であってもすることができます。
そして、遺留分放棄は、遺留分権利者の遺留分を放棄するものであって、相続人の地位を放棄するものではありません。
そのため、被相続人が遺言を作成することなく亡くなった場合には、法定相続分に応じて遺留分放棄者も遺産を取得しますし、被相続人にマイナスの財産が多い場合には、遺留分放棄者も負債を相続することになります。
したがって、相続に全く関わりたくないということであれば、被相続人の生前の遺留分放棄だけでなく、被相続人の死後の相続放棄を忘れないようにして下さい。
遺留分放棄 | 相続放棄 | |
---|---|---|
放棄するもの | 遺留分 | 相続人たる地位 |
相続の可否 | 可 | 不可 |
遺産分割協議 | 必要 | 不要 |
債務の相続 | あり | なし |
他の相続人の割合 | 変わらない | 法定相続分が増える |
相続開始前の手続き | 遺留分放棄の申立て | 不可 |
相続開始後の手続き | 遺留分放棄の意思表示 | 相続放棄の申述 |
遺留分放棄すべきかどうかで判断に迷ったら、まずは弁護士にご相談下さい。
遺留分の放棄の解説は以上です。
被相続人の死後であれば意思表示のみで足りますが、被相続人の生前に行う場合には、家庭裁判所の許可が必要になりますし、一度遺留分を放棄すると、基本的には撤回ができませんので、遺留分を放棄するか否かについては、慎重な判断が必要となります。
弁護士に依頼すれば、そもそも遺留分を放棄すべきケースなのかアドバイスがもらえますし、遺留分を放棄しても良いケースであれば、家庭裁判所の許可が得られるようサポートをしてもらうことができます。遺留分の放棄を考えている方は、ぜひ一度、弊所へご相談ください。
-
保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)