監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士
- 賃金
近年、地震や台風、大雨などの自然災害が各地で頻発しており、企業活動にも大きな影響を及ぼしています。災害の発生により一時的に休業を余儀なくされる場合、従業員の賃金をどのように取り扱うべきかは、労使双方にとって重要な問題です。
本稿では、自然災害による休業時の賃金支払いの考え方や法的な取扱いについて解説します。
目次
自然災害で休業した場合、従業員の賃金を支払う必要はあるのか?
自然災害による休業時の賃金支払い義務については、休業の原因や企業側の責任の有無によって取り扱いが異なります。
労働基準法第26条では、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、平均賃金の60%以上の休業手当を支払わなければならない」と定められています。
つまり、会社側の責任(経営判断や設備不備など)が原因で休業となった場合は、休業手当の支払いが必要です。
自然災害は「使用者の責めに帰すべき事由」に該当するか?
地震・台風・大雨・豪雪などの自然災害によって事業の継続が物理的に不可能になった場合は、通常「使用者の責に帰すべき事由」には該当しないとされています。
したがって、原則として休業手当の支払い義務はありません。
自然災害で休業手当の支払いが必要となる具体例
ただし、以下のような場合は、会社の判断・責任に基づく休業とみなされ休業手当支払いの対象になる可能性があります。
- 施設に問題がなく、出勤可能であったが、会社の判断で安全を考慮して休業した場合
- 従業員が自宅待機を命じられたが、業務自体は可能であった場合など
自然災害で休業手当の支払いが不要となる具体例
他方で、以下のような場合は、「使用者の責に帰すべき事由」には該当しないため、休業手当の支払い義務はありません。
- 台風の直撃で工場や店舗の屋根・設備が破損し、操業が不可能になった
- 地震で事務所や店舗が倒壊・損壊し、安全が確保できない場合等
自然災害により半日など一部休業した場合はどうなる?
休業手当については、労基法26条で「使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない」と定められており、1日の全部でも一部でも、この条文が適用されます。
これは「現実に就労した時間に対して支払われる賃金が平均賃金の100分の60に相当する金額に満たない場合には、その差額を支払わなければならない」ということを意味します。
例えば、賃金が1日10,000円の労働者が一部休業した場合を考えてみましょう。
支払うべき休業手当はその60%の6,000円ですから、半日働いた分の賃金が5,000円なら差額は1,000円となり、使用者はその1,000円を支払う必要があります。他方で、実際に働いた分の賃金が7,000円であった場合には、使用者は休業手当を支払わなくてもよいことになります。
労基法26条と民法536条2項の違い
労基法26条も民法536条2項も、「使用者の責めに帰すべき事由による休業」、「債権者の責めに帰すべき事由」といった文言を使用していますが、労基法26条の「責めに帰すべき事由」は、労働者の最低生活保障の制度のため、使用者の帰責事由の範囲は、民法536条2項より広い場合に適用されます。
賃金の100%の支払いが必要となるケースとは?
労基法26条の適用は民法536条2項の適用を排除せず、民法536条2項の要件を満たせば労働者は賃金全額の支払いを求めることができます。
会社が労働者の安全に配慮する義務を怠ったために、労働者が健康を害して就労不能になったケースにおいては、民法536条2項の適用により賃金全額を支払う必要があります。
従業員とトラブルにならないために企業がすべき対応
「自然災害で休業した場合の賃金支払い義務」と「トラブル防止のための企業対応」について整理します。
就業規則等にルールを設けておく
自然災害発生時の対応について、就業規則や社内マニュアルに事前にルールを定めておくことは、従業員とのトラブル防止のために非常に重要です。
具体的には、「出勤・休業の判断基準」「休業中の給与の取り扱い」「有給休暇や振替休日の利用」「災害時の連絡方法」「災害特別休暇の付与」などについて明確に定めておくことが考えられます。これらのルールを従業員に周知徹底することで、非常時でも冷静に行動できる体制を整えることができます。
有給休暇や振替休日で対応する
自然災害で休業する場合、会社が従業員の同意なく一方的に有給休暇を充当することは法的にできませんが、従業員が希望すれば利用できます。
また、全社員の有給奨励日、振替休日などに設定する方法もあります。
賃金の非常時払いに対応する
労働基準法第25条では、労働者が、出産、疾病、災害等の非常の場合の費用に充てるために請求する場合は、賃金支払期日前であっても、使用者は、既に行われた労働に対する賃金を支払わなければならないと定められています。
ここでいう「疾病」、「災害」には、業務上の疾病や負傷のみならず、業務外のいわゆる私傷病に加えて、洪水、地震等の自然災害の場合も含まれると解されています。
そのため、従業員から災害による費用充当のために請求があった場合、会社は支払期日を待たずに、既に働いた分の賃金を支払う義務があることは注意が必要です。
休業手当の支払い義務に違反した場合の罰則
休業手当の支払い義務に違反した場合、「6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」(労働基準法120条)と罰則規定が存在することから注意が必要です。
「雇用調整助成金」の活用について
雇用調整助成金は、経済上の理由により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、雇用の維持を図るための休業、教育訓練、出向に要した費用を助成する制度です。
受給要件を確認して活用できる場合には、活用しましょう。
休業中の賃金について争われた裁判例
アスパーク事件(東京地裁令和5年9月21日判決)
事件の概要
本件は、労働者一般派遣事業等を営むY社に派遣労働者として無期雇用されたXが、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う業績悪化が原因であるとして、Y社が行った業務命令により、令和2年4月27日から令和4年3月31日まで休業を余儀なくされたとして、同期間の給与に関し、原告の上記休業はY社の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものであるから、上記休業期間の賃金の支払を拒むことはできない旨主張して、Y社に対し、雇用契約に基づく未払賃料請求として、休業手当等との差額賃金等の支払いを求めた事案です。
なお、本件休業期間の間、Y社は、Xに対し、労働基準法26条所定の休業手当(平均賃金の6割)を支給していました。
これに対して、Y社は、上記休業命令が新型コロナウイルスの感染拡大に伴い行われた必要性、合理性のあるものであり、Y社の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものではないと反論しました。
そこで、本件では、Y社がXに対して行った上記休業命令がY社の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものといえるかどうかが争点となりました。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
裁判所は、「本件休業命令に必要性及び合理性が認められる場合には、原告の休業が被告の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものとはいえないと解する」との判断枠組みを示しました。
そのうえで、裁判所は、本件休業命令の必要性について、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う国内の状況とY社の経営状況などに照らして、本件休業命令の期間に休業の必要性は存在し続けていたものと判断しました。
休業命令に必要性を認める事情としては、令和2年初め頃からの新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う国内の雇用情勢の悪化により、派遣会社であるY社においては、休業を開始する必要があったこと、令和4年3月31日まで本件休業命令が継続したことについて、同期間いおいて新型コロナウイルス完成症の収束の的確な見通しを立てることが困難な状況であったこと、Y社において厳しい経営状況が続いていることなどが指摘されています。
また、本件休業命令の合理性についても、Y社が休業命令を発した対象者の選定に恣意は存在しないこと、休業対象者への説明や休業による不利益の抑制のための企業努力を行っていたことなどを認め、休業命令に合理性があったものと判断しました。
休業命令に合理性を認める事情としては、Y社は、社員のうち技術社員に限って本件休業命令の対象としているが、Y社の技術社員は派遣労働者としての性質上、各派遣先において当該派遣先の正社員に先立って人員整理の対象となり得るものであり、現に、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う雇用情勢の悪化によってY社の待機率は上昇していたことからすると、技術社員に限って本件休業命令の対象としたことが不合理であるとはいえないこと、技術社員のうち本件休業命令の対象者となる者の選定に当たっては、待期期間が連続90日以上になった待機社員という一義的に明確な基準を用いており対象者の選定に恣意は存在しないことが指摘されています。
ポイント・解説
上記1-2 【労基法26条と民法536条2項の違い】に記載のとおり、労基法26条も民法536条2項も、「使用者の責めに帰すべき事由による休業」、「債権者の責めに帰すべき事由」といった文言を使用していますが、労基法26条の「責めに帰すべき事由」は、労働者の最低生活保障の制度のため、使用者の帰責事由の範囲は、民法536条2項より広い場合に適用されます。
本件においてもY社は、Xに対して、労基法26条に基づき休業手当(平均賃金の6割)を支給していました。
そのうえで、本件では、派遣社員に対するコロナ禍での休業命令について、Y社の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものといえるか、給与全額を支払う義務があるかについて、「本件休業命令に必要性及び合理性が認められる場合には、原告の休業が被告の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものとはいえないと解する」との判断枠組みを示したうえで、本件休業命令の必要性・合理性について、詳細な事実認定を行ったうえで、結論として、その必要性・合理性を認め、Y社の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものであったとはいえない」と判断し、Xさんの請求を排斥しました。
自然災害時の休業手当について、不明点等ございましたら弁護士にご相談ください。
自然災害による休業時の賃金(休業手当)の取扱いについては、単に自然災害であるという一事で判断できるものではなく、状況や法令上の判断により対応が異なります。
ご不明な点や不安な点がございましたら、弁護士などの労務の専門家にご相談いただくことをおすすめいたします。
自然災害時の対応についてお悩みの企業がありましたら、ぜひ一度、弁護士法人ALG&Associates姫路法律事務所にご相談ください。

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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)
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