労務

円満に内定取消を行う方法

姫路法律事務所 副所長 弁護士 松下 将

監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士

    企業には、採用の自由が認められていますので、雇うか雇わないか、自由に選択することができます。
    他方で、一度採用してしまうと、解雇するにはそれ相応の理由が要求されます。
    したがって、雇うか雇わないかという判断は、企業にとって極めて重要な選択となります。

    今回の記事では、企業が一度採用することを決断し、内定を出したものの、様々な理由から内定を取り消したいと考えたとき、どのようにすれば円満に内定取消しを行うことができるかという点について、解説していきます。

    目次

    内定者の問題行為を理由に内定を取り消せるのか?

    裁判例は、内定について、解約権が留保され、かつ将来に始期が設定された労働契約の締結であると解釈しています。
    そのため、内定取消しとは、上記労働契約の中で留保されていた解約権を企業が行使することにより、内定者との間の労働契約を一方的に終了させるものということができます。

    裁判例によれば、企業側が内定取消しを適法に行うためには、①企業にとって、内定当時に知ることができず、また知ることが期待できないような事実を内定取消しの理由とすること、②内定を取り消すことが、解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認できることという要件を満たす必要があるとしています。

    したがって、内定者の問題行為があった場合は、かかる行為が上記要件を満たすかを検討し、その要件を満たせば、適法に内定を取り消すことが可能です。

    内定者側の事由により内定取消が認められるケース

    犯罪行為を行った場合

    内定者が犯罪行為を行ったことにより内定取消を行いたいと考えた場合、一般的には、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当と判断される可能性が高いでしょう。

    実際、内定者が公安条例等違反の現行犯で逮捕された後、起訴猶予処分(不起訴)で釈放されたという事例で、かかる事情を理由として内定取消しをした企業の解約権行使につき、有効と判断した裁判例があります。

    重大な経歴詐称が発覚した場合

    企業は、採用するか否かを判断するにあたって、内定者の経歴や能力等を見て、他者と比較するなどして誰を採用するか決定することが通常です。

    そのため、内定者が自身の経歴や能力など、採用するか否かの判断に重要な影響を与える事項について詐称をしていたことが発覚した場合には、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当と判断される可能性が高いでしょう。

    もっとも、内定当時に適切な調査をすれば内定者の詐称を発見することができた場合については、要件①を満たさないといえますので、適法に内定を取り消すことはできないと考えられます。

    “悪い噂”で取消は認められるのか

    内定者の悪い噂が流れている場合、調査の結果、その噂が客観的に信用できるなどの特段の事情がある場合は別ですが、あくまで噂にしかすぎず、それ以上のものではないという場合は、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当と判断される可能性が低いでしょう。

    実際の裁判例でも、内定取消しの理由として用いられた情報について、当該噂が真実であると認めるに足りる証拠は存在せず、あくまで噂の域を出ないとして、内定取消しを無効と判断するものがあります。

    円満な内定取消とリスク回避の重要性

    内定取消で企業名が公表されるケース

    内定取り消しを行った企業に対するペナルティとして、厚生労働省のホームページでその企業名を公表するという制度が職業安定法施行規則において設けられています。
    もっとも、適法な内定取消しも存在しますので、企業名の公表は以下の事由が認められる場合に限られています。

    • ・2年連続で内定取消が行った場合
    • ・同一年度内に10名以上の内定を取り消した場合
    • ・事業活動の縮小を余儀なくされていると明らかには認められない場合
    • ・内定取消の理由を対象者に対して十分に説明しなかった場合
    • ・内定取消しの対象者の就職先の確保に向けた支援を行わなかった場合

    内定取消を円満に行う方法

    内定取消の事由を予め明示しておく

    内定取消しを円満に行う方法①は、内定取消の事由をあらかじめ明示しておくというものです。
    内定当時にあらかじめ内定取消事由を示しておくことで、 企業側としては、内定者に対し、内定取消事由に該当したことを理由に内定を取り消すと主張しやすくなります。

    他方、労働者側としても、どのような場合に内定が取り消されるか予見することができ、内定取消の際も理由が明確となりますので、「事前に言われていた内定取消事由に該当する行為をしてしまったのだから仕方ない」と納得してもらえる可能性が高まります。

    内定取消の通知は早めに行う

    内定取消しを円満に行う方法②は、内定者に対し、内定取消しの通知を早めに行うというものです。
    内定取消しの通知を早めに行えば、内定者が企業の近くの住居を借りる等の就労の準備を進めることを阻止できますし、他の就職先を探したり面接したりする等の就職活動をする機会を早期に確保することができます。

    逆に言えば、すでに就労の準備を進めていた、就職活動をするには時期が遅すぎるなど、内定取消しによって内定者に多大な負担を与えてしまうと、紛争になる可能性が高まります。
    円満な解決を図るためには、内定者の不安や負担をいかに軽減するか、ということが重要です。

    内定者と直接話し合う

    内定取消しを円満に行う方法③は、内定者と直接話し合うというものです。
    内定取消しを行う場合、内定者に対して採用内定取消通知書を送付するというケースが多いですが、内定者側からすると、内定取消しによって就労先を失う等の不利益を被ることになりますので、書面のみの通知だけだと納得できず、強い不満から紛争になる可能性があります。

    このような不満を持たれることを避けるという意味で、採用内定取消通知書を送るだけではなく、内定者本人と直接話し合うことも、内定取消しを円満に行うためには重要といえます。

    金銭補償等を提示する

    内定取消しを円満に行う方法④は、金銭補償等を提示するというものです。
    内定者は、内定取消しにより就労先を失うことになりますので、内定者側としては、就労先が見つかるまで収入が得られないことが最も不安に思う点と考えられます。

    そこで、企業側としては、内定者の上記不安を取り除くため、内定取消の通知の際に一定の金銭補償を提示し、紛争に至る可能性を低くすることが有効と考えられます。

    なお、採用内定取消通知書を送る際に金銭提示をするだけでは、内定者が納得しない可能性もありますので、方法③として述べた内定者と話し合う等、企業側の誠意を見せて対応することが重要と考えられます。

    トラブル防止のためにも合意書を作成

    内定取消しについて内定者と合意できた場合は、合意書を作成するようにしましょう。
    口頭のやりとりだけだと、仮に一度合意できたとしても、後々内定者が内定取消しについて争ってくる可能性もあります。

    そのような場合、合意書がなければ、内定取消しの合意の有無、内定取消しの条件等について立証することは極めて難しいと考えられます。

    内定取消について争われた裁判例

    事件の概要

    企業Xは、大学卒業予定の応募者Yに対し、当初から「暗い」という印象を持ち、労働者としては不適格であると思いつつも、「暗い」という印象を打ち消すものが出てくるかもしれないと考え、Yに対して採用内定を出しました。

    しかし、その後になっても、「暗い」という印象を打ち消すものが出てこず、やはり労働者として不適格であると考え、XがYの内定を取り消したため、内定取消しが無効であることを確認するためYが訴訟提起に至ったというものです。

    裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

    裁判所は、内定時点で、解約権留保付きの労働契約が成立したと判断した上で、内定取消事由は内定当時に知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、それを理由として内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認できるものに限られると判示しました。

    その上で、裁判所は、本件の内定取消しについて、内定取消事由が内定当時から企業側が認識していた事情であること等から、本件内定取消しが社会通念上相当なものとはいえず、解約権の濫用に当たるとして無効であると判断しました。

    ポイント・解説

    この裁判例は、上述した内定取消しを行うための要件を提示したものであり、重要な裁判例です。
    ポイントは、内定取消事由が内定当時に知ることができるものであったり、知ることが期待できないものであったかどうかです。

    つまり、内定時点でマイナスの事情が判明している場合、裁判所は、企業はマイナスの事情も含めて総合考慮した結果、内定を出すに至ったものと評価します。
    人材を採用する際には、内定当時に企業側で把握している事情を理由として内定取消しを行うことはできないことを十分に理解した上で、内定を出すようにしてください。

    内定取消に関するQ&A

    内定取消となった根拠について、内定者に明示する義務はありますか?

    内定取消しの根拠を内定者に明示する法的義務はありませんが、上述のとおり、内定取消しの理由を対象者に十分説明しなかった場合は、企業名が公表される可能性があります。
    企業のイメージダウンや就職希望者の減少等に繋がる可能性もありますので、内定取消しの根拠を内定者に説明した方が良いでしょう。

    内定取消の通知を、電話やメールで行うことは認められますか?

    内定取消しの通知を電話やメールで行うことについて、法的には特に問題ありません。
    もっとも、電話で内定取消しの通知を行う場合は、口頭でのやり取りになってしまい、後々言った言わないでトラブルになる可能性がありますので、トラブルにならないよう書面ないしメールで内定取消しの通知を行った方が良いでしょう。
    また、メールで内定取消しの通知を行う場合、送信先の誤りなど、文書を送るよりもミスが発生しやすくなりますので、第三者への情報漏洩には注意してください。

    内々定の状態であれば、どのような理由であっても内定を取り消すことは可能ですか?

    内々定の段階では、企業と内々定者ともに法的に拘束される関係にはありませんので、内々定取消は基本的には違法ではありません。
    しかし、内々定の取消しについて、採用に対する期待が高まっていたり、取消しに至るまでの経緯や方法が不誠実であったりした場合には、信義則違反による不法行為に基づく損害賠償請求を認める裁判例もあります。
    事情によっては、内々定ではなく内定と評価されるケースもありますので、内々定だからといって安易に内々定を取り消すことは控えた方がよいでしょう。

    内定取消で金銭補償を提示する場合の金額の目安について教えて下さい。

    具体的な事情にもよりますが、数十万円程度となることが多いです。
    もっとも、対象者の不満が大きいような場合であれば、100万円程度補償するケースもあります。

    内定取消を連続して行った場合、企業名が公表される可能性はありますか?

    上述したとおり、2年以上連続して内定取消しを行ったり、同一年度で10名以上内定取消しを行ったりした場合は、厚生労働省が企業名を公表することができます。
    内定取消しを連続で行えば、企業名が公表される可能性はあるでしょう。

    入社の際に必要と定めていた資格を取得できなかった場合、内定を取り消すことは可能ですか?

    入社の際に必要と定められている資格は、採用内定の前提といえますので、内定当時は資格取得見込みであったが、資格を取得できなかったという場合には、解約権行使が社会通念上相当として内定取消しが認められる可能性が高いでしょう。

    内定を取り消す場合、解雇予告手当を支払う必要はありますか?

    内定を取り消した場合は解雇予告手当を支払わなければならない規定する法律は、現時点では見受けられません。
    もっとも、厚生労働省は、内定が始期及び解約権が留保された労働契約であることから、解雇予告手当を支払う必要があるという通達を出しています。
    内定者との紛争を避けるためにも、内定取消しの場合は解雇予告手当を支払った方が無難でしょう。

    採用内定後のインターンシップで問題行為が判明した場合、内定は取り消せますか?

    問題行為の内容によりますが、内定当時には発覚していない事情で、かつ、解約権の行使が社会通念上相当と認められるほどの問題行為であれば、内定取り消しをすることは可能と考えられます。

    採用内定通知書に内定取消となる事由を記載する場合、どのような内容を明記しておけば良いでしょうか?

    内定取消事由として記載しておくべきものとしては、以下のようなものが挙げられます。
    ・重大な経歴詐称が発覚したとき
    ・内定後の犯罪行為が発覚したとき
    ・重大な病気や障害により就労が困難であることが発覚したとき
    ・大学等を卒業できず留年したとき
    ・業務に必要な資格を取得できなかったとき
    ・内定後に会社の経営状況が大幅に悪化したとき

    内定を辞退するよう誘導させる行為はパワハラにあたりますか?

    内定辞退は、内定者の自由意思によって行われるものですので、内定者に対して内定を辞退するよう誘導する行為は、パワハラに該当する可能性があります。
    紛争を回避するためにも、企業側としては誠意をもって対応することを心掛けた方が良いでしょう。

    内定取消を円満に行うには会社側の配慮が必要です。労使トラブル防止のためにも、まずは弁護士にご相談下さい。

    内定取消しは、内定者に重大な不利益を生じさせる行為ですので、トラブルに発展するケースが少なくありません。
    法的紛争に至ってしまうと、企業イメージの低下、採用志願者の減少等にも繋がる可能性がありますので、内定取り消しをせざるを得ない場合は、内定者との間で円満に解決することが極めて重要です。

    初動を誤ってしまうと、内定者が不満を抱いてしまう可能性もありますので、内定取消しを円満に行いたいと考えている方は、ぜひ一度弊所にご相談ください。

    姫路法律事務所 副所長 弁護士 松下 将
    監修:弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長
    保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)
    兵庫県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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