労務

退職金の減額・没収・不支給

姫路法律事務所 副所長 弁護士 松下 将

監修弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長 弁護士

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就業規則において、従業員が退職する際には退職金を支払う旨が規定されている企業も多いと思います。
しかし、企業のお金を横領した、勤務環境を悪くするような振る舞いをしたなど、問題行為が見られる従業員が退職する場合にも、就業規則に基づき、退職金を支払わなければならないのでしょうか、 今回の記事では、通常貰える退職金を減額する、没収する、支給しない等の方法をとることが法的に可能かどうか、解説していきます。

目次

問題社員の退職金を減額・不支給とすることは可能か?

退職金の減額・不支給を行うためには、就業規則等において減額・不支給を行うことができる旨規定されていること、減額・不支給が相当と認められる事情があること等が必要とされます。つまり、これらの要件が認められれば、問題社員の退職金を減額・不支給とすることは可能ということになります。

なお、労働基準法では、賃金を労働者に支払う際は全額を支払わなければならないという「賃金全額払の原則」があります。退職金は、労働基準法上の賃金に該当しますので、退職金の減額・不支給は一見賃金全額払の原則に違反するようにも思えます。しかし、退職金支払請求権は、退職金の発生・減額・不支給等の規定が適用され、金額が確定してから発生するものですので、減額・不支給の規定が適切に適用されていれば、賃金全額払の原則に違反しないと考えられます。

減額・不支給の対象となる問題社員とは

退職金は、賃金の後払い的な性質を有するものですが、それだけではなく、退職する従業員のこれまでの功労に対する報償という性質もあると考えられています。
そのため、減額・不支給の対象となる問題社員というためには、これまでの勤務態度・成績等を考慮した上で、退職金の減額・不支給を行うことが相当といえる場合、すなわち、当該従業員のこれまでの功労を抹消してしまうほどの背信的行為を行ったことが必要と考えられます。

問題社員を懲戒解雇とした場合、退職金はどうなるか?

就業規則等において、「懲戒解雇されたものに対しては、退職金を支払わないことがある」と規定されている企業も多いと思います。 それなら、問題社員を懲戒解雇とすれば、同規定を根拠に退職金を不支給とすることができるので、問題ないのではないか、と思われるかもしれません。
しかし、同規定があったとしても、懲戒解雇をしたことから直ちに退職金の減額・不支給が認められるわけではありませんので、注意してください。

懲戒事由と減額・不支給の相当性

懲戒事由が認められる=退職金の減額・不支給が相当である、という図式で考えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
確かに、裁判例の中には、懲戒解雇が有効であることから、退職金支払請求権を認めなかったものもあります。

しかし、他の裁判例では、懲戒解雇が有効だと判断しつつ、当該従業員のこれまでの勤務態度、他の従業員への過去の支給事例など様々な事情を考慮し、退職金の一部の支払を認めたものもあります。
上記図式が成り立たない場合もありますので、使用者側の方は、懲戒事由の有無だけでなく、退職金の減額・不支給が相当とされうる背信的行為の有無についても検討するようにしてください。

退職金の減額・不支給が有効と判断されるには

上記のとおり、退職金の減額・不支給が有効と判断されるには、就業規則等において減額・不支給を行うことができる旨規定されていること、退職金の減額・不支給が相当と認められる事情(背信的行為)があることが必要とされます。

事前に退職金の減額・不支給規程を設けておく

上記のとおり、退職金の減額・不支給を行うためには、就業規則等において退職金の減額・不支給を行うことができることを事前に規定しておく必要があります。
退職金を支払う旨の規定が就業規則等にある企業の方は、今一度、退職金の減額・不支給を行うことができる旨の規定が就業規則にあるかどうか、確認していただくことをおすすめします。

減額・不支給の根拠となる証拠を集める

上記のとおり、退職金の減額・不支給を行うためには、就業規則等の規定に加え、当該従業員が退職金の減額・不支給を相当とするだけの背信的行為を行ったことが必要となります。
当該従業員が背信的行為を行ったことについては、使用者側で証拠を用いて立証する必要がありますので、当該従業員がどのような背信的行為を行ったかが分かるような証拠(メール、動画など)を集めるようにしましょう。

問題社員への退職金の減額・不支給に関する就業規則の定め方

上記のとおり、退職金の減額・不支給をするために、根拠となる規定を定めておく必要がありますが、その際に注意しておくべきポイントがあります。

主なポイントとしては、①懲戒解雇の場合に限定せず、これに準ずる行為が行われた場合にも退職金の減額・不支給の対象となるように規定しておくこと、②使用者側の裁量で、退職金の全額不支給だけでなく、退職金の減額も選択できるように規定しておくこと等が挙げられます。
まだ退職金の減額・不支給の規定をしていない方は、一度弁護士に相談して、具体的な規定の仕方を確認することをおすすめします。

能力不足等で普通解雇とする場合の退職金

普通解雇とする場合、懲戒事由がないため、これまでの功労を抹消するほどの背信的行為と評価されず、退職金を支給することになるケースが多いように思われます。

もっとも、能力不足以外にも解雇理由があり、本来は懲戒解雇が相当であったにもかかわらず、今後の再就職等の便宜を図るために普通解雇にとどめた等の事情があれば、退職金の不支給とまではいかなくとも、退職金の減額が認められる可能性があります。
普通解雇だけど退職金の減額・不支給をしたいと考えている方は、一度弁護士にご相談いただくことをおすすめします。

退職後に問題行為が発覚した場合

退職後に問題行為が発覚した場合、使用者側としては、退職金の支払を中止したり、既に支払った退職金の返還を求めたりするなど、何とか当該従業員に退職金を支払うことを阻止したいと考えるのではないでしょうか。

裁判例の中では、退職後に問題行為が発覚した場合において、背信的行為を行った労働者からの退職金支払請求は権利の濫用として許されないとして退職金の支払の中止を肯定したもの、既に退職金が支払われていた場合は使用者からの返還請求を認めたもの等が見受けられますので、具体的事案によっては退職後に問題行為が発覚した場合でも退職金の減額・不支給が可能となります。

もっとも、上記でもご説明した賃金全額払の原則との関係で退職金の減額・不支給が認められないと解する見解も存在しますので、場合によっては当該従業員の不法行為に基づく損害賠償請求という形で対応する必要があるかもしれません。
このように、退職後に問題行為が発覚した場合は、難しい問題が含まれていますので、弁護士にご相談されることをおすすめします。

競業避止義務違反による退職金の没収

競業避止義務とは、退職後一定の期間、自分が所属していた会社と競合する会社に転職したり同業で独立・起業したりしない義務のことをいいます。
裁判例の中には、当該従業員が会社を退職した後、競合する会社に転職していたという事案で、就業規則の規定を根拠として行われた退職金の減額ないしこれに伴う一部返還を認めたものがあります。

このように、競業避止義務違反が認められる場合でも退職金の減額・不支給が認められる可能性がありますので、競業避止義務違反を理由に減額・不支給を行いたいという方は一度弁護士にご相談ください。

退職金の減額・不支給をめぐる裁判例

ここでは、退職金の減額・不支給に関する裁判例を1つ紹介したいと思います。 詳細は以下のとおりです。

事件の概要

今回ご紹介するのは、公立学校教員であったXが、当時勤務していた高校の同僚の歓迎会に自家用車で向かって参加し、飲酒した後帰宅するために自家用車を運転したところ、交通事故を起こしたことで飲酒運転が発覚し、現行犯逮捕されたため、県教委が懲戒免職処分をするとともに、退職金を全部不支給にしたという事案です。
Xが退職金約1720万円全額を不支給とした県教委の処分の取り消しを求めて訴えを提起したため、本件事案について裁判所が判断することになりました。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

この事案について、最高裁判所は、以下のような判断を下しました(最高裁第3小法廷令和5年6月27日判決)。

・裁判所が退職金不支給処分の適否を審査するには、退職金不支給処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである。
・Xは、自家用車で酒席に赴き、長時間にわたって相当量の飲酒をした直後に、同自家用車を運転して帰宅しようとしたものであって、現にXが、運転開始から間もなく、過失により走行中の車両と衝突するという本件事故を起こしていることからも、Xの行為の態様は重大な危険を伴う悪質なものである。
・Xは、公立学校の教諭の立場にありながら、酒気帯び運転という犯罪行為に及んだものであり、生徒への影響も相応に大きかったものと考えられる。現に、高校は、Xの行為後、生徒やその保護者への説明のため、集会を開くなどの対応も余儀なくされた。このように、Xの行為は、公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであった。
・県教委が、Xの行為の前年、教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出するなどし、飲酒運転に対する懲戒処分につきより厳格に対応するなどといった注意喚起をしていたとの事情は、非違行為の抑止を図るなどの観点からも軽視し難い。
・以上によれば、退職金不支給処分に係る県教委の判断は、Xが管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間にわたって誠実に勤務してきており、反省の情を示していること等を勘案しても、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない。

ポイントと解説

今回ご紹介した事案は、最高裁判決と仙台高裁判決(R4.5.26)とで結論が異なっているという特色があります。
仙台高裁判決では、Xの行為の内容等から、一般の退職手当等が大幅に減額されることはやむを得ないとしつつも、一般の退職手当等には賃金の後払いや退職後の生活保障としての性格もあることから、退職金不支給処分にあたっては、長年勤続する職員の権利という面にも慎重な配慮が必要だと解されるとした上で、Xが管理職ではなく、本件紹介免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間誠実に勤務してきたこと、本件事故の被害が物損にとどまりすでに回復されたこと、反省の情が示されていること等を考慮すれば、退職金不支給処分は、本件規定の趣旨を超えてXに著しい不利益を与えるものであり、Xの一般の退職手当等の3割に相当する額を支給しないこととした部分は、県教委の裁量権の範囲を逸脱した違法なものであると判断しました。

これに対し、最高裁判決は、仙台高裁判決が示したXの個別的事情よりも、Xの非違行為の内容・態様を最も重視し、特に飲酒直後に運転し、人身事故にも繋がる危険性を有する交通事故を起こしたことを重視したものと考えられます。また、最高裁は、補足の事情として、教員による飲酒運転が注意喚起されていたことにも着目し、そのような状況の中で今回のXの行為がなされたとして、今後の非違行為の抑止という観点からも退職金不支給処分が合理的であると判断したものと考えられます。

このように、退職金の減額・不支給については、裁判官ですら判断が異なる可能性がありますので、退職金の減額・不支給を考えている方は、一度弁護士に相談することをおすすめします。

問題社員と退職金に関するQ&A

以下では、問題社員と退職金の問題でよくあるご質問に対して、回答していきます。

会社の金銭の横領で懲戒解雇とする場合、退職金を不支給とすることは可能ですか?

懲戒解雇事由が認められる場合は退職金の減額・不支給とすることができる旨の規定が定められていることを前提に、その懲戒解雇事由が退職金を不支給とすることについて相当とされる程度の背信的行為と認められれば、退職金の不支給も可能です。
退職金不支給が相当とされる背信的行為か否かは、横領された金額、被害弁償の有無など、様々な事情を考慮して判断することになります。

懲戒事由により退職金を減額する場合、どの程度まで減額が認められますか?

懲戒事由の具体的な内容によって、減額の程度は変わってきます。
懲戒事由が悪質で、これまでの功労を一切抹消させるほどのものであれば、減額の程度は大きくなると考えられます。

問題社員の退職金の不支給・減額について就業規則で定めることは、不利益変更にあたりますか?

不利益変更にあたるかどうかは、退職金の不支給・減額の対象となる問題行動の程度によって変わるものと思われます。
労働者にとって退職金の重要性が高いことからすれば、これまでの功労を抹消しない程度の行為であっても退職金を不支給・減額とするなど、今まで退職金の不支給・減額の対象とならない程度の行為についても退職金の不支給・減額ができると就業規則で定めることは、不利益変更にあたる可能性があります。

職務怠慢であることを理由に、退職金を支払わないとすることは認められますか?

上記のとおり、退職金の減額・不支給については、これまでの功労を抹消する程度の背信的行為が必要とされますが、職務怠慢という一点のみでは、退職金の不支給が相当と認められるだけの背信的行為には該当しないものと思われます。

懲戒解雇により退職金を不支給とした場合、解雇予告手当の支払いも不要となりますか?

懲戒解雇の場合でも、突然解雇としてしまうと従業員の生活に影響が出てしまうため、原則として解雇予告手当の支払が必要となります。
もっとも、懲戒解雇の場合、従業員の帰責事由が大きい場合がほとんどかと思われますので、労働基準監督署による解雇予告除外認定を受けることで、会社は解雇予告手当の支払を省略することができる可能性があります。

懲戒解雇とする前に退職届を提出された場合、退職金を不支給とすることは可能ですか?

退職届を提出された後に懲戒解雇事由が発覚したような場合は、従業員からの退職金請求を権利の濫用として支払を拒否することができる可能性があります。
もっとも、懲戒解雇事由によっては、これまでの功労を抹消する程度のものではないという可能性もありますので、その場合は退職金を支払わなければならない可能性があります。

退職勧奨により問題社員が退職する場合、退職金の支払いは必要でしょうか?

問題社員に対して退職勧奨を行う場合、通常、懲戒解雇事由まではいかない程度の問題行為と考えられますので、退職金の支払が必要と考えられます。

問題社員への退職金を減額・不支給とする場合、事前に本人へ説明する必要はありますか?

従業員にとって、退職金の支給は重要な関心事といえますので、退職金の減額・不支給を行う場合は事前に説明しておく方が良いと思います。
説明なしに減額・不支給を行うと、退職金請求をされるなど、事後的に紛争となる可能性があります。

問題社員に対し、会社が指導等を怠っていた場合、退職金を不支給とすることは認められますか?

会社が指導等を怠り、問題社員の改善の機会を与えることなく退職金の不支給とすることは、裁量権の逸脱・濫用として違法となる可能性があります。
事後的に紛争になった際に、退職金の減額・不支給が相当と認められるようにするためにも、会社側の落ち度は極力無くしてから不支給とした方が良いでしょう。

過去の懲戒処分歴に基づき、退職金を減額とすることは可能ですか?

過去に懲戒処分を受けたことがあったとしても、退職時に懲戒処分を受けていないのであれば、過去の懲戒処分は懲戒解雇事由に該当する程度のものではないと考えられます。
また、過去の懲戒処分後に、従業員は更なる功労を積み重ね、退職に至ったものと考えられますので、過去の懲戒処分歴が退職金の減額を相当と認められる事情に該当することはないでしょう。
したがって、過去の懲戒処分歴に基づいて退職金を減額することはできないと考えられます。

問題社員の退職金でトラブルにならないよう、労働問題の専門家である弁護士がサポート致します。

以上のとおり、問題社員の退職金については、そもそも減額・不支給できる規定があるのか、規定があるとして当該事案は減額・不支給が認められるほどの背信的行為なのかなど、検討すべき点が多々あります。
従業員が納得して減額・不支給に応じればよいですが、納得されないケースも多いでしょう。

弊所には、労働問題に詳しい弁護士が多数在籍しており、当該事案に即したベストな解決策をご提案いたします。
問題社員の退職金でお悩みの方は、ぜひ一度弊所にご相談ください。

姫路法律事務所 副所長 弁護士 松下 将
監修:弁護士 松下 将弁護士法人ALG&Associates 姫路法律事務所 副所長
保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)
兵庫県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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